21:律「うぉっちめん!」[sage saga]
2013/09/25(水) 14:26:24.95 ID:yFOnK56a0
紬は神妙な面持ちで、澪は見様によっては憮然とした表情で、梓は顔を歪めて涙を流しつつ、
唯の眠る棺を運ぶ。
やがて、棺は霊柩車に乗せられた。
長い長いクラクションが鳴らされ、それは火葬場へ同行出来ない参列者やファンへの最後の
別れの挨拶となる。
そのクラクションを斎場から少し離れた場所で聞いていた人影が、二つ。
ひとつは、澪曰く「おかしなカッコ」をした田井中律。
そして、律はもうひとつの人影をジッと凝視していた。
視線の先には、喪服としてのダークスーツを身にまとう、ウェーブ掛かった茶髪の女性。
年の頃は三十前後か。
女性は、走り出す霊柩車へ一礼すると、踵を返して歩き始めた。
律は静かに後を追う。
斎場の外にいた女性は、電車を乗り継ぎ、ある建物に辿り着いていた。
一見してアパートやマンションとは違う、テナント事務所が集まったビル。
その中の一室のドアの前で、女性はハンドバックの中をゴソゴソと探っている。
おそらくは鍵を探しているのだろう。
次の瞬間、彼女のすぐ真後ろでゾッとするような低い声が響いた。
律「鈴木純」
女性は飛び上がらん程に驚き、振り返った。
純「田井中、さん……?」
律「何だよ、随分と他人行儀だな。まあ、いいや。中に入れて茶くらい出してくれるんだろ?
人を尾行するのって疲れるし、喉が渇くんだ」
純「え…… あ…… は、はい……」
気味の悪さと訳のわからない迫力に押され、純は入室を承諾してしまった。
中は然程広くない。業務用デスク。その上に置かれたパソコン。本棚。来客用ソファ。あとは
別室やトイレ、給湯室へのドア。
律は無遠慮にズカズカと中へ入ると、これまた無遠慮にドシリとソファへ腰を下ろした。
律「売れっ子音楽ライターの割りに、えらく貧乏臭い仕事場だな」
純「いっぱい仕事を入れなきゃ食べていけないだけで、儲かってる訳じゃありませんから……」
律「そんな事無いだろ。あんだけ澪の提灯記事書いといて。事務所からいくらもらってたんだ?」
純「し、知りませんよ。何ですか、それ……」
テーブルの上にコーヒーが置かれた。明らかに適当に淹れた、いかにもなインスタントコーヒー。
不味そうにすする律の、テーブルを挟んだ向かい側に、純も腰を下ろした。
純「一体、何の用ですか。コソコソ尾行なんてしてまで……」
律「そりゃ告別式には参列出来ないよな。澪を持ち上げる為に、徹底して唯を貶めてたんだから。
憂ちゃんと唯の縁故でライターの職にありついたクセによ」
質問には答えず、耳の痛い話題を振る律。純の表情は不機嫌に曇っていく。
純「だから、何の用件で――」
律「でも、おかしいよな。遺族にも事務所にもファンにも嫌われてて、参列なんてしたくても
出来ないのはわかってるのに、わざわざ喪服まで着込んで会場の近くまで行くなんてさ」
純「……」ピクッ
律「なあ、何故だ? 何でそんな真似をした?」
純「そ、それは…… 学生時代も、社会人になってからも、お世話になった人ですし……」
律「唯を裏切った澪の提灯持ちが、そんな殊勝なタマかよ」
純「……」
律「お前、唯と何かあったんじゃないのか? 唯の殺しについて、何か知ってるんじゃないのか?」
純「……」
否とも応ともなく、完全に黙り込んでしまった。
だんまりを決め込めば、律が諦めて帰るとでも思ったのか。
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