過去ログ - 【モバマス】「うづりんで100のお題!」
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[saga]
2013/10/24(木) 00:28:11.12 ID:OHimzhWg0
6、庭 【にわ】
夜が染めた窓に、無骨な雨音が響いていた。蛍光灯を白く反射するテーブルの上に並んだマグカップは
どれもすっかり冷めきっていて、事務所の休憩室に設置されたソファーで、熟睡する卯月と未央とにサン
ドイッチされながら、凛もまたうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。手元に開かれた一冊の文庫本は、さ
っきから一向にページの進む気配がない。
ドアの金具が擦れる音を立てて、足音がひとつ部屋に入ってくる。凛がおもむろに顔を上げると、その
人物はすこし驚いた様子で、固い会釈を寄越してきた。凛もつられてぺこりと返し、「文香さん、仕事は
もうあがり?」と尋ねた。
「はい。あの……わたし、ここですこしだけ本を読もうと思うのですが、いいですか?」
普段から小声の文香が、さらに声を潜めて言う。凛が、「どうぞ」と向かいのソファーを勧めると、彼
女は顔を綻ばせて、もふんと腰を下ろし、脇に抱えていたチェック柄のひざ掛けを広げ、腿の上に厚い本
を載せた。
「渋谷さんたちは、まだ撮影が残っているんですか?」
「あと少しだけ、ね。雨が弱まれば、なんだけど」
外を見ても暗いばかりで判別はつきづらいが、雨音がまだ一定のリズムを保っている。その音が、また
頭の中にかかる靄を濃くするようで、凛は湧いてきた欠伸を噛み殺した。
「幸福は一様で、不幸は多様である、とそんなことをトルストイは言っています」
「え?」
「あ、いえ……すみません。余計なことを言ってしまいました」
文香はわたわたと頭を下げて、目線を膝の上の本へと落としてしまう。うつむく前に覗かせた、はにか
むような表情は、彼女のいうところの幸せさを象徴していたように、凛には思えた。
「文香さんの幸せって、なに?」
と、気付いた時には聞いていた。しばらく間が空いて、雨音が強くなったようにも感じられた。「そう
ですね」と吐息のような声が、忘れられた木霊のように返ってくる。
「これもまた、受け売りになってしまうのですが」
文香はそれを面目なさそうに、しかしどこか誇らしげに、口にする。
「幸せとは、白い屋根の大きな家と、緑の芝生の広い庭と、それから、いっぴきの愛らしくかしこい犬がいて――」
それと、大切なもうひとつ。
文香はちいさく息を吸って、穏やかにほほを丸くした。
「隣で年老いていくあなたがいる」
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