過去ログ - 【艦これ】五十鈴の調子が悪いようです【SS】
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2013/11/11(月) 21:25:22.91 ID:foU1KJOC0
春島、という通称にはそぐわぬ暑さであった。
気温は27度ほどであるが、まとわりつく湿気がそれを何倍にも感じさせる。
しかし、町外れにあるその茶屋を訪れた娘は汗ひとつかかず、むしろ涼しげな雰囲気さえ漂わせているのであった。
年頃としては、20代にさしかかったばかりというところである。
腰の辺りまで伸ばした黒髪は三つ編みにされ、チュークドレスと呼ばれるこの辺り伝統の民族衣装に身を包んでいた。厚めのレンズをつけた眼鏡に阻まれ、顔立ちはよく分からない。
南海のこの地において、古き日本の茶屋を思わせる店内には、他の客がいない。茶も出すが酒も出すこの店が混み始めるのは、陽が沈み始めてからなのだ。
それでも娘はあえて店内の席を選ばず、ささやかながらも用意された縁台を選ぶ。すると店の中から老婆が一人、手ぬぐいとよく冷えた緑茶の乗った盆を持って現れる。
「そばを……」
「はいよ。……そうだ! 今日は生み立ての新鮮な卵を仕入れてるんだよ」
「まあ、それは何より。では、お願いします」
「あい、あい」
待つこと数分。
老婆が運んできたざるそばと、その脇にそえられた生卵を見て、娘の喉がごくりと鳴った。
「悪いね、こんなものしか出せなくて」
「いえ、何よりのものですよ」
謙遜する老婆に、娘は朗らかな笑顔で返す。
「何しろここは、トラック諸島なんですから……」
そう告げる娘の黒髪を、南海の風が優しくなで上げた。
――トラック諸島。
その地理的重要性と泊地能力の高さから、かつての大戦において我が国の一大拠点が築かれたこの地は、跳梁する深海棲艦の脅威に対抗すべく、再び日本軍を中心とした連合軍の拠点として整備されていた。
となると、長い駐留生活の末、この地へ愛着を持つ軍人が現れるのも当然というべきことで、この茶屋は退役した日本兵の老爺が妻と二人で開いたものなのである。
食材は本国に存在する支援団体が用意したものを、月に一度、我が国が島民へ向けて輸送する支援物資と共に送り届けてもらっている。
それによって作り出される日本料理は、現地の人々よりもむしろ、祖国の味に餓えた日本人の間で好評だというのはご愛嬌といったところであろうか。
この娘も無論、祖国の味に餓えた一人である。
卵をそばの上に割り落とし、手早くたぐって食べる姿はなかなか堂に入ったものであった。
娘は山盛りにされたそれをどんどんたぐり、久しく味わっていなかったそばと生卵の味に舌鼓を打つ。
その間、店の前を横切ったのはジープが一台のみで、娘はそれを気にすることもなく見事そばを完食せしめた。
「ふう……幸せです」
老婆が運んできた冷茶のおかわりで喉をうるおしながら、娘が満足げに呟く。
「や……?」
娘の目がきらりと光ったのは、ちょうどその時のことであった。
それを見咎め、異常のきざしを感じ取ったのは、数々の修羅場を潜り抜けることで得た勘働きによるものが大である。
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