9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2013/12/02(月) 23:11:36.93 ID:7uDsyhBso
そうして迎えた次の日。私は、私一人しかいないベッドの上でベーコンの焼ける香りをかぎながら目覚めた。
寝起きというのは何とも間抜けで、最初自分の家でないことも忘れ、見慣れぬ部屋の様子に狼狽えてしまった。
あずささんの部屋だと整理がつき始めた頃、台所からエプロン姿のあずささんがやってきた。手にフライパンを持ち、アスパラガスのベーコン巻きを皿に移していく。机には既にクロワッサン、スクランブルエッグ、ヨーグルト、カットされたバナナが並び、飲み物にコーヒーがある。これが最後の品らしかった。
そんな家庭的な姿に暫し見惚れてしまう。昨夜あれだけのことをしたのに、この人と暮らせたら幸せだろうなと思ってしまった。私は恥知らずだ。
「あら、千早ちゃん。目が覚めた?」
「は、はい」
「よく眠れたかしら」
「はい」
「あ、そうだ。勝手に用意しちゃったのだけれど、千早ちゃんは朝はパンで大丈夫?」
「だいじょうぶ、ですけど……あの、あずささん?」
「なぁに?」
「なにも、言わないんですか?」
余りにもあずささんは普通だった。昨夜のことは全て私の行きすぎた想いが作り出した妄想劇だと疑ってしまいそうになるほどに。
でも、目が貴女の裸を記憶している。耳が貴女の甘い声を覚えている。指が貴女の肌を忘れていない。
あれは確かにあったことだ。
「千早ちゃんは、私に何か言って欲しいのかしら?」
口が開きかけて止まる。最低だと言って欲しい。嫌いだと拒絶して欲しい。そうすればこの恋が終えられる。
でも、そう言ってしまえば私が一計を案じたことを、私が彼女を愛していることを認めてしまうことになる。
優しい彼女は私を許すだろう。優しい彼女は受け入れてくれるだろう。
でも、そんなの一番望んでいない。同情で彼女を手に入れるなんて。それよりも、嫌われた方が良いからとこんなことをしたのに。
「いいえ……、あずささん。何も、何もありません」
「そう、ならご飯にしましょう。早くしないと冷めちゃうわ」
私は彼女の優しさに縋った。
あれはただの過ちだったと忘れ、私との関係は何も壊れていないとしてくれる彼女の優しさに。
それは私の片想いがとうとう着地点を見失ったことにもなるが、罪を受けていると思えば身を裂く怒りも、身を焼く妬みも耐えられた。
でも、時々私は彼女の優しさを踏み躙る。
あずささんへの愛が溢れて溢れてどうしようもなくなる時、私は彼女の家へ上がり込み、自身への憎しみが湧いて湧いて仕方ない時、私は彼女を抱いた。その度に救われ、その度に酷く傷つく。
あずささんは何も言わないし、誰にも言わなかった。私が犯す過ちは、彼女がそっと拾って抱え込み、世界は歪なく回っているように見せかけてくれる。
だから、私も世界は何不自由なく回っているように思い込ませてもらった。
分かり切ったことで、所詮これは先延ばし。この関係の未来は罪悪感に潰された私の破滅か、拾いきれなくなったあずささんの崩壊だ。
でも私には関係を切れない。私は妥協してしまった。歪でも、あずささんの特別になれるこの関係に。叶わぬなら、着地点は此処でも良いと思ってしまった。
だから、終わらせるのはあずささんです。一言嫌いだと言って下さい。私を拒絶して下さい。私を否定して下さい。貴女が崩れてしまう前に。
でも、優しい彼女がそんな発言をすることはなく、日数だけが悪戯に過ぎていった。
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