11:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:28:05.29 ID:y7rCDTmB0
(たまたま、瞳子さんの話を聞いたおかげなのかな……?)
何とも言えない気持ちだった。
どんな表情を浮かべたらいいのか、よく分からない。
「ああ……ごめんなさいね」
ふと、瞳子が気遣わしげに言った。
「櫂さんが聞いてくれるものだから……つい、自分のことばかり話してしまったわ……退屈だったら、ごめんなさいね」
「いや、退屈なんてそんな。そんなことないっすよ、本当に、全然」
重ねて否定すると、瞳子は「そう?」と少しだけ安心したようだった。
「ありがとう……そう言ってもらえると、少し気持ちが楽だわ……私、よく言われるの……」
「何をですか?」
「……お前と話してると、何でもない内容でもどうしてだか気が重くなってくるって……櫂さんも、そうでないといいのだけれど……」
「……むしろ、軽くなりましたよ」
本心からそう言って、櫂は勢い良く立ち上がる。
本当に、事務所に入ってきたときに比べると、体の軽さが段違いだ。
今なら、いつまでもどこまでも、進んでいけそうな気がする。
何のしがらみもなく自由に水の中を泳いでいた、あの頃のように。
(本当は、ずっとそうだったんだろうな。自分で勝手に重りをつけてただけで)
櫂は小さく息を吐くと、瞳子に向かって頭を下げた。
「すみません、これから寄るところがある……いや、出来たんで、あたしはこれで失礼します」
「そう……もう遅いから、気をつけて帰ってね……」
「瞳子さんは?」
「私は……話したい人が、いるから……」
「……プロデューサーですか?」
「……ええ……」
瞳子がはにかむように微笑み、薄らと頬を染める。まるで、少女のような仕草だった。
やっぱり可愛い人だな、と微笑み、櫂は「失礼します」ともう一度頭を下げて入口に向かう。
扉を開けて外に出かけたところで、
「あ、そうだ」
と、振り返った。
不思議そうな顔をする瞳子に笑いかけて、
「あたし、何となくなんですけど……瞳子さん、もしも少し歯車がずれてたとしても、やっぱりアイドルやってたと思いますよ?」
「え……どうして……?」
「辞めるって伝えて本当に辞めたとしても、またどこかで何かのきっかけで誰かに出会って、アイドル活動再開して……遅かれ早かれ、ここに戻ってきてたと思います」
それは何の根拠もない決めつけだったが、櫂は不思議とそう信じられた。
流れに逆らえず、力なく流れ流れて流されたとしても、小さな意志の一欠片でも残っていれば、いつの間にか収まるべきところに収まっている。
そんなものなのだろうと思う。
櫂の言葉に、瞳子は少しだけ考えるような仕草を見せた。
それからぎこちなく笑って首を傾げ、
「本当に……そうかしら」
「そう思いますよ、あたしは」
「そう思うのは、どうして?」
「んー……強いて言うなら……」
櫂は歯を見せて笑い、
「たまたま、っすかね。それじゃ、お疲れさまでした」
外に出て扉を閉める直前、瞳子がひどく納得したように微笑んでいるのが、確かに見えた。
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