7:aho ◆Ye3lmuJlrA[saga]
2013/12/22(日) 17:25:28.73 ID:y7rCDTmB0
「……成功、できなかったのよね……」
ぽつりと、瞳子が寂しそうに言う。
「テレビに出たのも、この一度きりだけ……CDもほとんど売れなくて……事務所の経営にも随分悪影響が出たって聞いたわ……このときのプロデューサーさん、頑張って下さったのだけれど……私は、その期待に応えることが出来なかった……」
「そんな……瞳子さんのせいじゃないですよ」
空虚で無意味な慰めだと知りつつ、そう言わずにはいられなかった。
実際、歌自体は非常に素晴らしかった。
確かにまだ洗練されていないところはあったが、深みのある歌声だった。今多くの人の心を奮い立たせている服部瞳子の原型を、強く感じることができた。
それでも見る人の心をつかめなかったのは、やはり年若い少女の歌にしてはあまりにも重すぎたということだろうか。
陳腐な言い方をするなら、華がなかったのだ。
(今になってようやく、時代が……というか、本人の年齢が追いついたのかな?)
重苦しい人生が作り上げた人格と、そこから醸し出される雰囲気が、生来の深みある声音と合致したのだろう。
ブカブカだったドレスが成長した身体にはぴったりだったかのように、今や彼女は大輪の華となった。
つまりこれも、服部瞳子が途中で諦めずにこの世界で生き続けてきたからこその成功ということだ。
もしも彼女が、その道の途上で「最悪の、どん底の今」に絶望して逃げ出していたら、服部瞳子の歌はあの一つきりの映像の中に埋もれてしまったまま、二度と世に出ることはなかっただろう。
(あたしは……どうなんだろう)
再び、思考がそこへと戻る。
(もしもあのまま水泳を続けていたら……)
瞳子のように、いつか栄光を手にすることが出来ていただろうか。
(でも、私はもう高校の途中ぐらいから自分の限界を感じてて……意地を張って続けてはいたけれど、記録も伸び悩んでて、もうプロになるのは諦めなくちゃいけないって思って。それで、プロデューサーの誘いをまるで天啓みたいに感じたんだ……だからもう未練を断ち切らなくちゃいけないって思ってるのに、まだグダグダとバカみたいに……)
櫂はまた、ずぶずぶと深いところに沈んでいく。
もがいてももがいても、水面の光がどんどん遠ざかっていく。
どこまでも暗く閉ざされた深海で、水圧に押しつぶされるように、息が苦しくなってきて、
「櫂さん」
その声が、やけにはっきりと頭に響いた。
はっと正気に立ち返ってみると、瞳子が控え目に、しかし心配そうな眼差しでこちらを見つめていた。
「ごめんなさい……でも、なんだか苦しそうだったから……」
「あ……す、すみません、ちょっとボーッとしちゃって。慣れないレッスンで疲れてるのかな、ははは……」
笑って誤魔化そうとしたが、どうも上手く笑顔が作れていないような気がした。
しかし瞳子はそれ以上踏み込んでくることなく、「そう」と穏やかに言っただけだ。
ため息が零れそうになるのを櫂が何とか堪えていると、不意に瞳子が穏やかに言った。
「実は、この録画を見るの、初めてだったの……」
「……え?」
「手元には残していたのだけれど……見たのは、これが初めて」
「初めてって……だけど」
櫂は混乱する。
一度きりとは言え、テレビに出て歌声を響かせたのだ。
今はともかく昔の彼女にとっては絶頂期だったはずだし、栄光の記録でもあるはずだ。
「瞳子さんは……これを支えに今まで頑張ってこられた、わけじゃないんですか?」
「……そうすることも、できたかもしれないわね……」
瞳子の視線が、また過去へと向かう。
「でも、そうするのはなんだか怖かった……自分が、一度きりの過去の栄光に縋ってしまうんじゃないか、って……これが絶頂期だったのだから、この先はもう前へ進めなくてもいいじゃないかって思ってしまうんじゃないかって、怖かったの……だから、もうこのときのことはきっぱりと忘れて……今の、新しい自分として頑張らなきゃって、思ったのよ……」
「それは……」
誰かに、とてもよく似ている気がした。
「でも、それじゃ、どうして今になって……?」
「最近は、プロデューサーさんのおかげで上手くいってるから……今なら、あのときの自分のことも、少しは冷静に見られるかなって……」
そう言って、瞳子はおかしそうに微笑む。
「……思っていたほど、凄いものじゃなかったわ……今と同じでただただ必死だった、あの頃のわたしがいただけ……本当に、大したものではなかったの……」
苦笑混じりに吐息を漏らし、
「こんなことなら、もっと早く見ていれば良かったかも……そうした方が、『なんだ、こんなのよりなら今の方がマシだ』って、かえって成長を実感できたかもね……」
「そんなもの、ですか……」
なんだか、納得がいかない。
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