過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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17:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:22:02.50 ID:Gcj069EQ0
「あの時、俺は入院患者だったんだ」
 ありすがそんなことは分かってると言った調子で頷く。中々本題に入ろうとしない男に業を煮やす形で瞳に力を込める。
「交通事故に遭って怪我で入院してたんだけど事故に遭った日は俺がプロデューサーとして初めてここに出社する予定だった。そこで一人の女の子のプロデュースを任されるはずだったんだけど俺が入院したから話は一度白紙になった。
 でも女の子のプロデュースを遅らせる訳にはいかないから俺の先輩に当たる人がプロデューサーになったんだ。この間までプロダクションに居たんだよ。たまたま、ありすちゃんとは顔を合わせなかったけど」
「この間まで……って」
 ありすの言葉に灯は力なく頷く。
「たくさんの女の子がアイドルになりたくて芸能事務所に入る。その際に事務所でのオーディションを受ける子もいればキミみたくスカウトされる子もいる。
 でも同じなのはその数は極端に少ないということ。事務所に所属してもお仕事が必ずもらえる訳じゃない。本当にアイドルになれるのは更に少数、そこから知名度を上げて単独ライヴが出来るのはもっと絞られてくる。トップアイドルはゼロか一……」
 灯の話が段々と見えてくるありすだが、今は自分の手にある腕時計は未だ霞がかっている。
「俺がプロデュースするはずだった女の子が今日事務所を辞めたんだ。決して珍しい話じゃない。でも……何だか、自惚れなのは分かってるんだけど自分がもし事故に遭っていなければ。もしも先輩がプロデュースを進めていてもそれを無理やりにでも自分の手に戻していたら。
 『彼女』はアイドルを諦めずにデビュー出来ていたんじゃないかって考えちゃうんだ。その腕時計は俺が事故に遭った時にしていた物で無くしたと思っていたらその子が持っていたんだって。帰り際にここに置いていったらしい。
 キミなら分かるかな? 『彼女』はどんな気持ちでそれを持っていたんだろう?」
 灯の大きめの瞳をありすは覗く。猛烈という言葉を使いたくなるほどに灯っていた火が今は沈んでいる。それとは逆にありすは自分の腹の底で昇ってくるものを感じた。腕時計をぎゅっと握って少女の瞳は燃え上がる。
「そんなこと、私に分かるはずがないじゃないですか!」
「っ!?」
 今までとうとうと語っていた男が少女の一言に黙される。ありすが灯に寄って背伸び、腕を取って少しでも近くに行こうと力を込める。
「今、あなたが見なくちゃ……プロデュースしないといけないのは私です。この私なんです。『もし』とか『たら』とかの話じゃなくて約束したじゃないですか、私をトップアイドルにするって。それは絶対なんです、絶対の絶対なんです」
 ありすにしては珍しい感情の向くままの言葉。しかし、それは触れれば火傷するほどに熱かった。だからだろう灯火が広がっていくのは。
「私だってアイドルになることがどれだけ大変かちゃんと調べました。下を向いてる暇はないことを知ってるんだから!」
 少女が感情を発露する。それはインターネットで調べる必要がないほどに人として生まれて来た者には最初から秘められているものだった。情報はいらない。ありすは自分の視界が揺れて滲んでいることを苛立ち、それすらも相手にぶつけようと情緒を揺り動かす。
「私はあなたにとってその女の子の代わりだったんですか? そんなの嫌です。だって、あなたは私がどれだけ嫌がっても『ありす』って名前を呼び続けてきたじゃないですか!
 オーディションまで時間は限られている。立ち止まったんですか? 怖いんですか? ふざけないで下さい、本当に怖く思ってるのは私なんですよ!」
 少女の感情が爆発。それを包み込む男はまず震えている相手のほっそりとした二の腕を優しく掴んだ。そして、
「ごめん」
 綺麗な形をしている目元に溜まっている水滴を拭い、相手と視線を同じにする。背伸びする必要がなくなった少女へと男は真摯な言葉を放った。
「キミは『彼女』じゃない。誰も誰の代わりにはなれないなんて分かっていたことなのにキミの不安に気付けずに俺は馬鹿ばかりして。
 俺が迷ってたら駄目だよな、どうかしてた。ありがとう、目を覚まさせてくれて」
「本当……です。でも」口籠もるありす。自分の本心を表してしまったことの気恥ずかしさが今になって昇ってくる。だからこそ、もう少しぐらいはいいかなと気まぐれが働く。あくまでも気まぐれで「プロデューサーは私の周りの大人とはすこし違います……良い、意味で」
 自分を初めて子供扱いしなかった大人に対して少女はそんな言葉を口にした。灯はやっと自然な笑みを浮かべられて自分の小指を立ててありすの前に出した。
「こんな俺で良ければもう少しだけキミをプロデュースさせてもらえないかな? 頼りないかもしれない。でもキミとならトップアイドルを目指せると思うんだ」
 少し赤くなっている目をした少女は素直な気持ちで自分も小指を立ててみせた。それを重ねる。
「本当にしょうがない人です。私が見放したら可哀想ですので『もう少し』だけですからね」
「ああ……!」
 そのとき誰にも気付かれず壊れていた時計の針が動き出していた、少女の熱い温もりを帯びた手の中で。


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