過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
↓ 1- 覧 板 20
21:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:29:00.00 ID:Gcj069EQ0
「どうして?」ありすの震える声。
「変わる必要なんてない。やりたくない仕事ならやらなくていい」
冷たさに隠していた熱が隠せない。頑なさが壊れていってしまう。怖い、怖い。何が怖いのか分からないから怖い。
「どうしてそんなことを言うんですか!? 私は今あなたを困らせることを言っているのに! 怒らないんですか!? そんなに優しくして私は怒ってもらった方がよっぽど清々する」
「怒ることなんて何もないよ。だってキミが言っているのはキミが成りたいアイドルについてじゃないか。歌に誰よりも取り組むアイドルは昔からあるように見えて本当の意味で存在していない。
アイドルは時に高い歌唱力を抑えて分かりやすさを優先させる。だけど誰よりも綺麗な歌で芸術性を高めるんだったら俺の仕事はそういうキミのプロデュースなんだよ」
核心を突かれてしまった、心の内側を覗かれてしまった。ありすの怒りはブレーキを失ってしまう。
「あなたなんかに私の何が分かるっていうのよ! 何も何も知らないくせに!」
「分かってるよ、知ってるよ。キミがどれだけ頑張っているか……
他人との違いが怖くて最初の一歩を踏み出すのは大変だよね。すぐに結果に繋がらないから目には映りにくい頑張り。言葉にはしたけどキミは体力作りを最後までやり遂げた。受けた仕事を放り出さなかった。少しの時間があれば歌の練習を欠かさない。
そんなキミはとってもキラキラに輝いている、俺は知ってるよ。そして、その頑張りは世界に伝わることも知っている。分かるよ。だって俺はキミの『プロデューサー』だから」
そう言ってありすに向かって手を広げる灯の目は真剣だった。何の迷いも無くありすだけを映す目は火が灯るように熱く、この時ありすは初めて気付くことが出来た。
この言葉を待っていた。名前を嫌う私を見る目が『変われ』と言う。向けられる笑顔が『変われ』と言う。心のどこかで変わりたがっていた。でも変わることが怖かった。手を引かれても背中を押されても踏ん切りが付かなかったというのにどうしてだろう。
ありすが実感する。体に染みこんでいく言葉――『変わらなくていい』
(どうしてだろう……?)と、ありすは瞳を閉じて火照った体に冷たい風を浴びた。今は素直に受け止められる。
「変わりたい」
呟いた直後ありすがしゃくりを上げる。その振動が灯に伝わる。
「私……無理をしていた」
「うん」
再び灯は小さく頷いた。触れるものを傷付けないようにゆっくりと……
「頑なで……自分のありすっていう名前を嫌って受け止めることが出来なかった。
でも、『変わらなくていい』。初めて聞いたその言葉で『変わりたい』と思えた。どんな自分に成れるか分からないけど私は今変わりたい思いでいっぱいです」
「大丈夫、泣かなくていいよ。辛いのも悲しいのも苦しいのも全部俺が引き受ける。全部俺にぶつけてくれて構わないんだよ」
「この涙は違います」
見えぬが肩で感じる涙に灯は彼女の背中を優しくさする。彼女が自分へと一歩を踏み出してくれたことを喜んでこの一歩をまだ彼女を知らない人々へと届けたいと思った。だからこそ、こういった言葉を掛けるのだろう。
「一緒に探していこう。キミらしいアイドルを見つけていこう?」
「私らしく?」
「キミらしく、変わっていこう」
ありすはもう一つだけ気付いたことがあった。苛立ちが抑えられなくなった理由とその原因が既に変わり始めた自分の思いに。ずっとずっと見て見ぬ振りをしていたことを……
屋上に出るためのスペースでちひろや他のプロデューサー、アイドルたちが事の顛末を見届けて聞こえないように拍手を送ったことをありすも灯も気付くことはなかった。
50Res/84.63 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。