過去ログ - ありす・イン・シンデレラワールド
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6:チョッキを着たウサギ
2014/01/11(土) 09:00:05.89 ID:Gcj069EQ0
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 アイドルプロデューサー灯と、少女ありすが出会いと別れと再会を果たした日から数日が経ったある日にありすは『三笠 灯』と書いてある名刺を手にして応接用のソファーに腰掛けていた。
 彼女が居るのは大きなオフィスビルの一フロア、デスクが並ぶ事務所の一画にて目隠しとなる仕切りが設置、ソファーが足の短いテーブルを挟んで向き合っている。その片方にちょこんと座るありすは心細さを感じてしまう。
 灯はありすにアイドルとなってもらうためにスカウトして相手の両親と顔を合わせて承諾をもらい、ありすを事務所へと招いたのだ。病院での中庭で少ない言葉を交わした日から再び会うのはこれで初めてとなる。
 些か緊張した面持ちでいるありすの前に湯気の立つ湯飲み茶碗が差し出される。ありすが視線を上げるとそこには後ろ髪を三つ編みで纏めて胸元に垂らす女性がお盆を持って立っていた。緑色のジャケット、黒いタイトスカートを着用している背の低い女性はにこりと笑うと口を開いた。
「私はここで事務員をしている千川ちひろと言います。これからよろしくお願いしますね。
 何か分からないことや不安に思うことがあったら遠慮無くお姉さんに言ってね。特に」と百五十センチほどの低い背の女性、ちひろはありすへと身を乗り出して人差し指を立ててみせる。「プロデューサーさんからのセクハラを受けたら絶対に伝えて下さいね。アイドルはイメージが第一、クリーンでいなくちゃいけませんからね」
 そして、ちひろは柔らかに頬を緩ませる。ありすは相手から微かに感じられる柑橘系の良い香りや暖かい笑顔に気持ちが自然と浮き上がる。アイドル並みに整った顔立ちの女性の後ろに大柄な男がやって来る。
「お待たせ、ようこそマネキプロダクションへ」
 灯がちひろと会釈しながらありすの元へとやって来て手を差し伸べる。ありすは緊張した面持ちで立ち上がり中指がピクリと跳ねる。迷い、結論は黙礼だった。そして、
「橘……橘ありすです」
 彼女は一度自分の名前を言うことを悩んだ。一つの区切りとして改めて自分のことを話そうと思い、
「橘と呼んで下さい。その……アイドルには興味なかったのですが、将来は歌や音楽をお仕事にしたいと思っていました」
 その言葉は彼女の本心だった。まだ誰にも言えなかった胸の内はきっかけが欲しかったのだ。言い出せなかった。もしも口にして否定されれば抗うだけの意志を見せることは出来ず誰かに肯定されたくても自分を表現する手段を知らない少女は灯に歌を聞かれて逃げ出すほどに幼かった。
 頑なになることが自分を維持すると思った。だからこそ最初に宣言するように言い放つ。続けざまに灯に向かって、
「言われた仕事はしますから心配しないでください」
 恭しく一礼するありす。それに対して灯は口角をひくつせる。灯はまだ彼女の歌とそこに隠している思いしか知らなかった。それだけで十分かと思っていたが自分の甘さを年端も行かぬ少女に気付かされる。
 ちひろが二人のやり取りを見て灯の顔を覗き込む。そんな灯は初めてプロデュースする相手に自分の困惑を悟られないように無理やり口の端を上げて拳を握って二の腕の力こぶを見せるようなポーズを取る。
「そうだね、ちゃんと自己紹介すべきだったか。三笠 灯です。
 実は頭を使うよりも体を動かすことが得意なんだけど、どんな社会でも体が資本だ。これから一緒に頑張ろう。よろしく頼む!」
 溌剌とした口上にありすは何度目かの息を飲む。大人びた少女に子供のように笑う男、思いはすれ違って挨拶は交わされて互いに言葉を見失って黙ってしまう。自然と出来てしまった沈黙を破るのは大人の役目と、
「……えと、まずはアイドルとしての初仕事をしようか」
「初仕事ですか?」
 ありすにとって魅力的な言葉、『初仕事』という音は彼女の心を弾ませる。


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