20:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします
2014/01/28(火) 22:59:50.22 ID:4dDXRU7No
その昔、俺は近づくことは許されないのだと信じていた。
上司と部下という仕事の関係であり、そしてアイドルという偶像に実像は不必要だと思っていたからだ。
勿論今でも根底ではそうあるべきとは思っている。
不必要に近づきすぎたり、人間関係の壁を瓦解させてしまえば仕事もまともに立ちゆかなくなる。
周りとの関係に怠慢で怠惰な人間は絶対に大成しないのだ。
しかし、その一方で関係には距離があるという事に俺は気づいた。
ゼロとイチや、あるいは数ミリの誤差ではなく、お互いの歴然とした心理的距離。
ずっと近づいていていいのではなく、ずっと離れていればいいのでもない。
互いが互いの形を認識し、そしてそれが許される環境なら、少し位仕切りを外したところで差して問題ではないのである。
「……そう言われては、仕方がありませんよね」
何年も外回りを続けている内に日焼けをして表皮が所々めくれているような汚れた手に、きゅ、という小さな力が加わった。
白く綺麗な手。一切の穢れがない、純白の手だ。
翠に再び以前の面影が映り込む。
いつだったか、俺がプロデューサーという肩書を外しておどけているのを見た時のような、困った笑顔。
繋がれた手を机に置くと、木のひんやりした感触が俺の腕に伝わった。
だがこうして再び繋いでも、彼女の心は一見変わっていないように見える。
何故なら、心から嬉しいと、彼女は言わず、そしてはっきりと顔には見せない。
それがあの時から年月を経て身につけた常識。社会人という大人である証拠だった。
それでも、彼女の心から小さく漏れた霧のような言葉だけは、何となく分かったような気がする。
――社会人としての最後の一線だけは、と先ほどまで張り詰めていた彼女の頬が、いつのまにか落ちていたからだ。
「翠の手、久しぶりだな」
「はい、……私もです」
アイドルから少女に戻ったあの時のように、翠はにこりと微笑んだ。
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