過去ログ - とある科学の合成合唱<カンタータ>
1- 20
2:名も無い少年のバラード  ◆wapTtVzPxk[sage saga]
2014/04/25(金) 21:19:19.08 ID:tU3kNuw60

「私の歌を聴けーーーーっ!!」

「不幸だーっ!!」

 少年は全力で逃げていた。あの電撃姫はテレビの中と外との差が激しすぎる。

「ちょ、だから上条さんが何をしたと」

「この美琴様が本気で歌ってるのに痺れない『人間』がいるのが許せないのよっ!!」

 理不尽だ、と上条は夜空を見上げながら思った。この歌姫様の熱狂的なファンも楽演都市の中には存在するらしいが、できることなら代わってほしいくらいである。

 上条当麻はこの街に住むレベル0の学生だ。対する少女は、この街に七人しかいないと言われるレベル5の歌姫であり、繁華街を歩いていれば誰もが日に一度はこの少女の歌を耳にするはずだ。最終下校時刻の迫る帰宅ラッシュの今この瞬間だってセブンスミストの辺りであれば、シャンパンゴールドの髪の少女が大画面から笑顔をふりまいて歌っていることだろう。もっとも、上条にしてみれば嘘くさい笑顔にしか見えないわけだが。

「あのなぁ……、歌なんて個人の趣味嗜好とかあるだろ? 誰もが誰もお前の」

「そーゆー話を言ってるんじゃないわよ! アンタ本当に私の声聞こえてんの!?」

「聞こえてなかったら話ができないんですのことよ……」

 趣味嗜好の話であってほしかった、と少年は大きく溜め息を吐く。この街は楽演都市と呼ばれる、科学的に音楽を発展させることが主旨の研究機関の集まりだ。本来なら楽器の演奏なども含まれているはずなのだが、レベル分けに考慮されるのはもっぱら歌唱力のみであり奨学金もそれに準じて支給されるので学生間の意識としても、どれだけ難解な楽器を扱えようが歌唱力の無い者は低レベルとして見下される。

 古来より音楽には人の心を動かす何かがあると言われている。十字教のミサ、神道の祝詞、礼拝の時を告げるアザーン、宗教に関わる行事の中で歌に準じるものを聴くことが多いのはそのせいだ。ここが普通の歌手養成所であれば、発声練習だの情感豊かに歌うための文学的素地を鍛えるだのという何とも平和な練習風景がうかがえるだろうが、この街はあくまで科学的に音楽を研究している。もちろん上条に現在進行形で喧嘩をふっかけてきているお嬢様なんかは普段から発声練習を欠かさないのだろうが、レベルはそんなものには左右されない。

 この街に来た学生はまず能力開発を受ける。血管にクスリを打ち込み、耳から電極を刺し、強制的にトランス状態を作り出す。多くの学生がその催眠状態の中で《自分だけの声》を聴くらしい。どこぞの宗教ならば天のお告げとでも呼びそうなものだが、教師が説明したところによると、そこで聴こえた声が個人の歌唱能力を決めるそうだ。たとえば――

「無視すんなーーーーーーーーっ!!!」

 少女がヒステリックに叫んだ瞬間、周囲を歩いていた人間の携帯電話が不穏な音を立てた。商店街の有線放送が途切れる。

「どうよ、これだけやればいくらアンタだってむがっ」

 上条は慌てて得意げな中学生の口を押さえた。不幸中の幸いか近くに警備ロボットはいないようだ。周囲の人々が歩き去るのを待って肩を落とす。

 楽演都市で開発される歌唱能力には物理的な力がある。今このアイドル中学生がやってみせたように一定の音波を発生させることで聴いた人間に電気ショックを与えたり電化製品をクラッシュさせる電磁系の能力者が最も多いとされているが、他にも人を洗脳するだとか共振作用で脳味噌をレンジに入れたようにしてしまえるとか物騒な歌声の持ち主もいるらしい。
 こういう話になると余談として挙がる有名なレベル5の削板という男がいる。楽演都市内の放送で歌のお兄さん的なことをしている高校生であるが、この男の歌は何が起こっているのかよく分からない。素人の耳にも音やリズムが正確とは思えないのに力があると思わされる歌なのだ。背景で虹色の爆発とか不可思議な現象が起こっているのはテレビ映像編集時のエフェクトだと思いたい。

「はぁ、不幸だ。……こんなのと関わったばっかりに」
「こんなのって言うな! 私には御坂美琴って名前があるのよ!!」

(……あんま大きい声で名前言わねぇ方がいいと思うけどなあ)

 有名人である電撃姫こと御坂美琴がこんなところにいて誰も騒がないのはテレビの中の彼女とあまりに違い過ぎているからだ。こんな素行のわりに悪い噂を聞かないのは徹底した情報操作のなせる業だと上条は思う。なんせこの女、初対面の時から助けに入ったはずの上条ごと絡んできたチンピラどもに電気ショックの一撃をふりまいたのだ。金切り声に釘バットを持たせたような凶悪な声をこの色んな意味で薄い体のどこから出しているのか不思議ではあったが、その瞬間にビリビリ女は上条の中で『関わってはいけない人間ランキング』一位に堂々ランクインした。チンピラどもに倣って倒れるふりでもしておけば良かったのだ。バカ正直に突っ立っていた上条と「どうしてこの男は倒れてないんだ」と言わんばかりの目が合ってしまった瞬間に不幸がまた一つ増えたのは間違い無い。

「朝は自称魔術師がベランダに引っ掛かってるし、夕方はビリビリ中学生に追っかけられるし、何が今日はラッキーデーだよ、くそ無責任な星占いめ……」

 ぶつぶつとこぼす上条にすぐ横から怪訝な目が向けられているが気付かないふりをして今朝別れたシスターのことを思い出す。

 ――歌は本来、魔術なんだよ

 この世で最もおぞましい目録を名乗る少女は上条にそう言った。

 ――この街では歌にレベルをつけるみたいだけど、上手とか下手とかじゃなくてね、思いをこめた歌はきっと届くんだよ

 彼女はこの街でずっとレベル0《つかえない》という烙印を押されてきた上条の内心を見透かすように告げた上で、優しく突き放した。

 ――じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?

 助けを希求するように、助けを拒絶するように、どこか一貫しなかった白い少女の言動がいつまでも胸の奥をチクチクと突き刺す。もう会うことはないだろうと冷静に考える頭のどこかでそれに反発するものがある。

 部屋に置いてけぼりにされた純白のフードのような異質さ。星のかけらを拾ってしまったような戸惑いが、ずっと消えない。



<<前のレス[*]次のレス[#]>>
30Res/36.42 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice