過去ログ - とある科学の合成合唱<カンタータ>
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29:憧れの瞳よ ◆wapTtVzPxk[sage saga]
2014/04/27(日) 09:01:49.39 ID:V8JaUPtD0
『じーんせーいは! まーいにち! 根性!!』
教育テレビ番組から暑苦しい歌が流れ出す。時刻は7:55。お堅い勤め人たちは家を出ている時間だ。
リビングにいるのは三人。テレビの前を陣取っている最終信号と、最終信号の突撃で無理矢理起こされて半分だけ起きた一方通行、テーブルで朝食を突つきつつコーヒーを飲んでいる芳川桔梗、彼女は生活サイクルを昼型に治しているところなのでこの時間帯は起きていたりいなかったりする。白い少年がソファの横の床という何とも中途半端な位置に座り込んでいるのを見て「どうせならソファに座りなさい」と二度寝を勧めるか「こっちに来て朝食をとりなさい」とまともな大人のような言葉をかけるか迷っているのが芳川桔梗という人間の――本人曰く――“甘さ”だそうだ。
「こんじょー」
最終信号がテレビに合わせて歌っている。歌のおにいさんの削板は、この街で日々理詰めに歌の研究をする学生たちからすれば音痴なのだが、よく分からない効果が発生したり豪放磊落な歌い方が子どもたちと一部のストレスの溜まった現代人に大人気の有名人である。
どっかーん、と間の抜けた音がして削板の背後に虹色の爆発が見えた。
「ソギイタの歌はエフェクトが凝ってますなーってミサカはミサカは批評家の真似っこしてみたり」
それはTVディレクターが付加したものではなくて天然だ、と一方通行と芳川桔梗は内心で呟いた。ツッコミのおかげで意識が覚醒してきたレベル5の第一位は重い瞼を開けてテレビ画面に焦点を合わせた。
(こいつ何年も歌番組やってンのに音痴だなァ……)
一方通行は歌に限らず人の声も環境音も全て何ヘルツか聞き分けている。意図してではなく、そういう認識の仕方しか彼は知らない。さきほど最終信号がわめいていた「お・き・ろー!」という台詞だって、522Hz*810ms・683Hz*811ms・620Hz*2087msと彼の耳には記録された。歌も会話も数式とグラフで頭の中に描写される。
能力が万全だった頃は彼が生きているだけで心臓の鼓動や呼吸、血液の流れる音などが特殊な音波の膜を形成していたのだが頭蓋骨を損傷した際に何かがずれたようで、今は普通の人間のように自分の声で話すことができる。とはいっても数年間会話を避けてきた代償は大きく、遠慮のない同居人たちからは日々いじられ続けているのだが。
そんなわけで相槌一つ入れる時ですら先に音声グラフを用意する癖のある一方通行からすると、削板軍覇の歌は「酷い」を通り越して「凄い」という評価になる。
誰が聴いても分かる音痴である。が、楽しそうに何の遠慮もなく歌っている。
ふと数年前のことを思い出す。発声から全ての感情を削り取ることに腐心していた頃にこの男の歌を聴いていたら自分はどうしただろうか。一方通行は想像してみる。
テレビをすぐに叩き割っただろう。部屋を壊しただろう。それで気が済まなかったら削板という男を探し出して息の根を止めに行ったかもしれない。
それは“妬ましい”とか“羨ましい”という感情かもしれない、と自己分析する白い少年の観る前で、テレビの中の少年が最後の一声とともに拳を振り上げた。
バウーン!!
テレビ局のセットが七色の光に満たされた。画面に亀裂のようなものが見えたと思う間もなく『しばらくお待ちください』とテロップが出る。何だかのどかな風景が流れている。
「……生放送だったようね」
後ろで芳川が呟いた。テレビの前で固まる最終信号と一方通行、そこに番外個体がリビングへ入ってきて「何があったの?」と怪訝そうに見渡した。
(羨ましい……か? いや、本当にあれを羨ましいと思うのか? なンか違うよな??)
彼の精神的なリハビリはまだまだ前途多難である。
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「根性ってモンが足りてねえな、兄ちゃん。そんなんじゃ誰も満足しねえぞ!!」
裏路地に仁王立ちする影がある。
「だれだテメェ。俺を内臓潰しの横須賀と知っての――」
「すごいパーンチ」
名乗りを上げている最中の横須賀さんが竹トンボのように高速回転した。
「……ちょ、おげっ。名前くらい……」
「え、だってお前、昨日も会ったよな」
「もーっ! テメェが一度も真面目にやんねえからこうやって何度も」
ナンバーセブンは静かに頷き、拳を高らかに振り上げた。
「オレは歌のおにいさんだ!!」
「せめて超能力者って名乗れよビブルチ!?」
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