過去ログ - 阿良々木暦「みずきアワー」
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20: ◆8HmEy52dzA[saga]
2014/08/07(木) 23:11:11.02 ID:iJvGxYcs0

「……川島さんは元に戻るべきだ。あるべきところに」

「そうだね」

かちり、と赤く『●』と表示されたボタンを押し込む。

カセットテープが回転を始めた。

A面とB面で一曲ずつしか入っていないこのテープは、片面五分で終わる。

『この』阿良々木君と話せるのも、あと五分。

そう、阿良々木君が言った通り、こんなもの考えるまでもない。
異物の混じった世界は、それだけで微妙なずれを生じさせる。
私がいることで変わる未来もある。
時間や世界の在り方の仕組みなんてよく分からないけれど、恐ろしく緻密に作られた精密機械のようなものなのだろう。
ねじが一つ外れているだけで大惨事を引き起こす可能性だってある。

そりゃあ、少し寂しい気もするけれど、永久にお別れという訳でもない。

「私がこの街に来たってことは、私と阿良々木君はどこかで接点があるのよ。だからお別れじゃないわ」

「…………」

本来の私がどこにいて、どんな仕事をしていて、どんな性格をしているのか、想像もつかないれけど。
きっと、今とそんなに変わらないように思う。
人間、いい意味でも悪い意味でも、そう簡単には変われない。

「それに、この世界に私がいなくなる訳じゃない。君のことは知らないけれど、これから君と知り合う私がいる」

その時は私をよろしくね、と。
強がりにしか聞こえないであろう言葉を、涙声ながらに紡ぎ出した。

ダメだな、こんな時くらい作り笑顔も作れないなんて、世話焼きお姉さん失格じゃない。

でも、だからと言って、感情の起伏を制御出来るほどに歳を取ったつもりもない。

楽しい時は笑って、悲しい時には泣いて。そんな当たり前のことすら、歳を重ねる度に難しくなっていく。

どうして、そんなことも出来なくなっていたのだろう。

それはきっと、人間が時の経過と共に弱くなっていく生き物だからだ。
もちろん身体的にも、精神的にも、成長はしていく。
だが身体の成長は必ず止まるし、同時に摩耗もしていく。
擦り切れて弱さが露見するようになる時期は人それぞれだが、本能的にそれを隠そうとするから、素直に泣いたり笑ったりすることが難しくなる。

感情の制御が出来るようになるのと引き換えに、不要な感情の捌け口を自ら閉じているんだ。

「ああ、僕は川島瑞樹がここにいたことを忘れない」

「……ありがと」

「瑞樹姉ちゃんは美人だからな、どこに行ったってやっていけるさ」

美人だから、って君。そんな根拠も道理もない適当なことを、泣きそうな顔で言われるこっちの身にもなってみなさいよ。

ああ、でも、やっとお姉ちゃんって呼んでくれたんだ。

「小さい頃の僕が惚れたくらいなんだからな」

「そうね……わかるわ。私も少しだけ、」

かちり、とテープが止まる。







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