過去ログ - 阿良々木暦「みずきアワー」
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9: ◆8HmEy52dzA[saga]
2014/08/07(木) 22:49:52.43 ID:iJvGxYcs0

こめかみをさすりながら、彼はにこりと笑って見せる。
私の一番好きな彼の表情。

彼自身に対して恋愛感情は一切ない、と断定できる。
私が十年若ければ、好きになっていたかも知れない。
そもそも恋人のいる彼に対して略奪愛だなんて柄じゃないし、誰も幸せになれない結果なんてごめんだ。

それでも、思うことはある。
身近な男性だから、優しいから、そんな理由だけで簡単に恋が出来たら、どれだけ楽だろうか。
彼が好きだから、なんて理由があればアイドル活動ももっと楽になれるのだけれど、私にはもう密かな恋のひとつすらままならない。

「川島さんは素敵な女性です。男の方が放っておきませんよ」

「……ありがと。ちょっと楽になったわ」

こうやって、わざとなのか素なのか良くわからない彼の振舞いには、正直かなりの割合で助けられている。
でも、やっぱり私という人間が積み重ねてきたものの奥底に深く根付いた心の闇とも言うべき沈殿物は、私でさえどの程度なのか想像もつかない。
それは年月を重ねる毎に堆積して行き、自分でさえ確認出来ない黒く重く粘った澱となる。
それに取り込まれた時、人はきっと壊れるのだ。

こんなことなら、女子アナを続けていれば良かったのかな。
不可能だとはわかっていても、どうしても願ってしまうことがある。

人生やり直せたらいいのに。
あの頃に戻れたらいいのに。
明日が来なければいいのに。

「……なんてね」

こんなネガティブなこと考えてちゃ駄目よね。
悩んでたって現状を打破出来るわけでもない。
結局は自分の力で何とかするしかないんだから。

さて、締めのアンコールも気合入れて行かなきゃ。

かしゃん。

と、先ほどまで聞いていたカセットウォークマンが音を立てた。
触ってもいないのに、だ。

「今……動いたわよね?」

「え、ええ……カセットを入れるような音が」

プロデューサーにも聞こえていたなら、空耳ということはないだろう。
不審に思ってウォークマンを手に取ると、勝手に再生ボタンが押されている。
古いから誤作動でも起こしたのかしら。
とりあえず停止ボタンを押そうと、きゅるきゅるとテープを巻く音を立てるウォークマンを手に取る。

と、

「…………鳥?」

一瞬だけ、昔何処かで見た鳥の姿が何もない筈の視界を過ぎった。

ああ、あれだ。

一回アナウンサーの仕事の時に動物園で見た――――、


◀︎◀︎




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