906: ◆EhtsT9zeko[saga]
2015/11/30(月) 01:05:49.36 ID:j0JuHi67o
「しかし、こうして二人で入るのも久しぶりだなぁ」
お姉さんの言葉が、浴室に響く。
「うん。姫ちゃん生まれてからは一緒に入ったことないかも」
「そんなにか?」
「そうだよ!いっつも私と十六号さんと妖精さんで入ってたんだもん」
「あぁ、そうだったかもなぁ…なんやかんや、サキュバスと交代で姫を見てなきゃいけなかったもんな」
私の主張に、お姉さんは心地良さそうに目を瞑りながら答える。ちょっとズルい気もするけど…でも、話を振るなら今だろう。
「そう言う意味では勇者様が帰ってきてくれて良かったでしょ?」
「んー、まぁそうだな。助かってるよ」
私の問い掛けに、お姉さんは思っていたよりも単純明快に、なんのよどみもなく同意した。
想像していた反応と違って、私は一瞬、ポカンとしてしまう。それでもなんとか気を取り直して
「そう言う返事、ちょっと意外…お姉さん、勇者様のこともっと怒ってるんだと思ってた」
と返してみる。するとお姉さんは何やら含み笑いを見せてきて
「怒ってるよ、ものすごい怒ってる。あいつ自覚がないんだから、正直腹の虫が収まらないってのが本音だ」
と言い切った。
自覚が、ない…?勇者様に…?
そんなことない…勇者様は自分のしてしまったことがどれだけのことか分かっている。
大陸の人々や私達を傷付けた、お姉さんを裏切ったことがどれだけのことか。
そして勇者様自身がどれだけそのことで思い悩んでいたかを私は勇者様から直接聞いたんだ。
自覚がないなんて思えない。
勇者様は乳母を買って出るとき、許されるとは思ってないけど、って前置きをしたうえで、そのことについて謝ってもいた。
あのときの勇者様の言葉と態度そのものが、勇者様がそのことをどれだけ重く受け止めているかを示していたはずなのに…
お姉さんにはそれが感じられなかったんだろうか…?
「お姉さん、勇者様はむひゅっ」
私が反論しかけた瞬間、お姉さんが私の両方ほっぺたを引っ張ってそれ以上の言葉を遮った。
「あんた最近あいつ寄りだから、これ以上は言わないぞ。下手に喋ってたらまたあれこれ推理されちゃいそうだし、
あいつ本人にあたしが怒ってる理由の手掛かりなんか渡して欲しくないんだ」
「怒ってる理由を知られたくない、ってこと?」
「知られたくないワケじゃない。自覚して欲しいんだ、ってこと」
ほっぺたを離された私が聞くと、お姉さんはグッと体を伸ばしながらそう答えてくれる。それから思い出したように
「あぁ、でも、心配されていそうだからあんたにはちょっとだけ言っておくけど、あたしはあいつを殺そうとか幽閉しようとか追い出そうとか、
そんなことは考えてないから。まぁ、いつまでも裏切ったなんてことを謝ってるようじゃ、あたしの機嫌は収まらないだろうけどな」
なんて言って、浴槽から這い出た。
…待ってよ、お姉さん。お姉さんは勇者様が裏切ったことに怒ってるんじゃないの?
勇者様があの戦いでみんなを傷付けたことを怒っているんでもないの…?
それじゃぁ…それじゃぁお姉さんは、勇者様の何がそんなに気に入らない…?
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