過去ログ - 摩耶「あたしが手にする『自由』」提督「俺が与える『自由』」
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306: ◆vkHTV4M25U[sage saga]
2015/02/14(土) 14:33:06.78 ID:Ln9jyuNy0

摩耶「おい」

 その一言は、有無を言わさぬ迫力に満ちていた。

 どす黒い炎が内側から燃え盛り、激しく身を焼いて、海さえも蒸発させんばかりであった。抗いがたい強大な怒りで、摩耶の輪郭が喪われ、彼女自身も炎になったかのようである。

 怒りと憎悪。

 それらが、彼女が一欠片だけ残していた理性と人間性を消し飛ばした。

 そのあまりの迫力に、敵駆逐艦と重巡は明らかに怯えていた。後退る姿は、山中で羆と遭遇した人のそれと酷く似ている。

 近くで見ていた蒼龍も同様だった。殺気を向けられているわけでもないのに、弓を持つ手が震えている。手汗が止まらない。

 今の摩耶は、もはや獣という形容さえ不相応なほど、怪物じみた形相をしていた。

摩耶「てめえがやったのか?」

 摩耶は尋ねる。深海棲艦は理性を持たない怪物であり、質問に答えられる言語能力を有していないはずだが、そんなことさえ分からなくなるほど、摩耶の理性は崩壊していた。

 チェシャ猫は答えない。ただただ笑うだけである。

摩耶「てめえがやったのかって聞いてんだよゴラッ!!」

 次の答えも返ってこない。言語能力を有しない怪物だからそれも当然に思われた。だが——チェシャ猫は、普通の深海棲艦とは違った。

チェシャ猫「アア、ソウダヨ」

 悪びれた様子も一切なく、チェシャ猫は肯定した。まるで、友人の何でもない質問に答えるような気楽さで。その軽薄な様子に憤慨するよりも先に、蒼龍も摩耶も驚いていた。

 深海棲艦が、言葉を発したのだ。事前の情報でチェシャ猫が高い知能をもっていることは二人とも留意していたが、これには驚かざるをえない。しかし、2人は歴戦の猛者であった。戦場で常識外の事態が起こることなど往々にしてある。臨機応変に、その驚愕を抑えこんだ。

摩耶「……そうかい。ならよ」

摩耶「——覚悟は、できてんだろうな」

 摩耶は、殺意を込めてチェシャ猫を鋭く睨めつけた。歯が削れるほど強く噛み締め、連装砲を構える。チェシャ猫に向けられた砲身は、巣穴を荒らされて怒り狂う獣の爪を思わせた。腕に絡みついた連結部が溶け、腕と同一化したかのような錯覚を摩耶は抱く。

 久しぶりだ。自分が兵器であるという感覚を思い出すのは。怒りを、憎悪を燃料に動き続ける血塗られた戦闘機械としての感覚——。それは、『あの時』より芽生えた摩耶という艦娘の、逃れられぬ枷であった。

(……メ、……ナサイ)

 忘れようとして、決して忘れることができない業とすらいえる戦いの本能が、ふつふつふつふつと湧き上がってくる。『声』となって、内側より響く。

(……メ、ナサイ)

 唾が止まらない。今なら、さっきとは比べものにならないほど殺せるだろう。

 チェシャ猫が、今までにないほど楽しげに笑っている。その不気味な笑いも、摩耶にとっては衝動を起こすための燃料にしかならない。

 燃える。

 全てが、黒く、燃える。

 摩耶は、久しぶりに内なる『声』に耳を傾けた。

(——シズ、メナサイ)



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