過去ログ - 阿良々木暦「ありすリコリス」
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12: ◆8HmEy52dzA[saga]
2015/01/16(金) 20:31:52.65 ID:6UJ3zAla0

「ありすちゃん、知りませんか?」

「…………え?」

何を、言っているんだ。

返す言葉も見当たらず、その場で硬直してしまった。

「朝から連絡が取れなくて……ご両親も、もう事務所に向かったと仰ってましたし……」

とてもではないが、千川さんが演技をしているようには見えなかった。

僕のスーツの裾を掴む橘の頭を撫でてみる。
感触もあるし、温かい。
人の温度だ。
確かに橘はここにいる。

橘の僕を見据えるその負の感情に塗れた眼は、この状況を僕に訴えているように見えた。

僕にしか、橘が見えていない?

「おはよ……暦」

「おはようございます……」

と、結城と櫻井が姿を現す。今日も昨日と同じ仕事なので恐らくは橘を待っているのだろう。
二人とも、橘が心配なのだろう。
少なくとも僕の眼には、元気がないように映る。

「なあ暦……オレ、ちょっと言い過ぎたのかな……あり……橘、に」

「あの橘さんが連絡もしないなんて……何かあったに違いありませんわ」

間違いない。
この二人にも、目の前にいる筈の橘が『見えていない』。

アイドルへのドッキリ企画ならばまだしも、こんなたちの悪い冗談を理由もなく行う皆ではない。

ちょっと待て。
心当たりがあり、昨日のことを具に思い返す。

そうだ。確かに、僕は昨日『何度か橘を見失っている』。

いや、見失った、という表現は適切ではない。

『橘ありすという存在を認識出来ない』と言ったほうが正しいか。

橘は確かに昨日、あの撮影現場にずっといたのだろう。
だが僕を含め、何度かその存在を忘れかけていた。

まるで極端に影の薄い人間のように、そこにいるのに、誰にも気付いてもらえない。
今の橘は、その究極形だ。
今もこうして触れていないと、一秒後にも橘を見失ってしまう気がしてならない。

「私は他のアイドルの皆にも心当たりがないか聞いてきますね」

「わたくし、家の者に橘さんを探させます」

「オレも、近くを探してくるよ」

各々が橘の身を案じ行動に移る中、僕はただ一人胸元で不安そうに奥歯を噛みしめる橘を見下ろした。

「助けて……ください」

いつも気丈な彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちる。

橘ありす、十二歳。

彼女は、彼岸花に成り代わられた。



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