19: ◆8HmEy52dzA[saga]
2015/01/16(金) 20:46:18.98 ID:6UJ3zAla0
その刹那。
橘を取り巻く空気が、一陣の風と共に一瞬にして変わった気がした。
歓声が湧き上がる。
熱が後頭部を叩く。
とてつもない圧力に後ろを振り向くと、想像以上の数の人間が橘を取り囲むように人の海を作っていた。
「はは……すげえな」
「ありがとうございました!」
橘の締めと共に、歓声は賛美の声へと彩りを変えた。
ああ、やっぱり凄いな、アイドルは。
いや、アイドルだからじゃない。
橘は、これだけの人を動かす力を持っているんだ。
そんな凄い一個の人間を、怪異なんかの都合で消えさせてたまるか。
と、いつまでもこの余韻に浸っていたいところだったが、人垣の向こう側に青色の帽子が二、三人分見えた。
「やばっ、逃げるぞ三人とも!」
「へっ?」
「許可取ってないんだよ! 千川さんと片桐さんにお尻を叩かれたくなかったら逃げろ!」
緊急で執り行ったゲリラライブだ。
もちろん許可なんて取っちゃいない。
職務質問されても間違いなく不利なのは僕だ。
まさか『怪異に取り憑かれていたので』なんて言う訳にも行くまい。
言ったところでイエローピーポーを呼ばれるのがオチだ。
「ちょ、ちょっと!?」
「それでいいんですの!?」
「ええい、四の五の言わずに顔を隠してついて来い!」
結城の帽子を奪い櫻井に被せ、結城には上条謹製の伊達眼鏡をかけさせる。
小手先ではあるがこういった小物での変装は案外ばれないものだ。
橘に関しては顔も名前も知られてしまったので、実質チェックメイトな訳だが……まあ、僕の減給くらいで済むなら御の字だろう。
警察官の方々が名前を聞いていないことを祈ろう。
「きゃあ!?」
簡易ステージ上の橘をお姫様だっこで誘拐する。
うわ軽っ。
結城や八九寺より軽いんじゃないか、橘。
「よし行くぞ橘! 安心しろ、僕は超常現象からも逃げ切った男だ!」
「訳がわかりません……」
惜しいな。
これが昨日の衣装のままだったら、そのままドラマのワンシーンに使えそうなものなのに。
ふと、走りながら視界に入った橘の表情が、鮮明に僕の記憶中枢に刻まれた。
ああ、そうだよ。
やっぱり橘くらいの年齢の女の子には、その表情が一番似合う。
逃避行を続ける僕の腕の中、首を抱く橘の顔は、齢相応に、楽しそうに笑っていたのだ。
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