過去ログ - 佐久間まゆ「ご結婚おめでとうございます、プロデューサーさん」
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5: ◆Freege5emM[saga]
2015/03/01(日) 23:14:01.47 ID:OA5hrQ14o

●03

『辛いのかもしれません……でも、辞めるのだけは絶対に嫌です』

まゆさんは泣き出しそうになりながら、しかし『辞めるのは嫌』ときっぱり言い切りました。

『まゆは、あのプロデューサーさんにプロデュースしてもらうために、ここに来たんです』

本当に、何がまゆさんを衝き動かしているのでしょうか。

『まゆを選んでくれたプロデューサーさんのために、もっともっと素敵なアイドルになって、
 プロデューサーさんを喜ばせるのが、まゆの幸せなんです。それに運命を感じるんです』



幸せって、なんでしょうね――と、私はまゆさんの熱っぽい瞳を見ながら自問自答しました。
まゆさんは、彼女の担当プロデューサーのことを、大切な人だと思っているようです。

大切な人と一緒にいられるのは幸せ――ならば、まゆさんはアイドルを続けるのが幸せなのでしょう。
でも今のまゆさんは、自然と笑えていません。

まゆさんの姿が、アイドルに転向する前の、プロデューサーさんと出会う前の私と重なって見えてしまいます。
それが私には耐え難いほどでした。無性に歯痒くて、私の内心まで掻き毟られる気分がして。

私は、黙っていることができませんでした。



『私は、まゆさんが素敵なアイドルになれると確信しています。
 あなたが私に追いつく日、そう遠くないはずです』

まゆさんは、私の唐突な言葉に驚きを隠せていませんでした。
一度沈黙を破ってしまうと、もうあとは勝手に喉と舌が走り回ります。

『まゆさんは、あなたのプロデューサーを喜ばせることができるはずです。
 たとえ一度、二度、三度躓(つまづ)いたとしても』

プロデューサーが笑ってくれたら、頑張れる気がする――その気持ち、私も分かります。
プロデューサーのことを信じているから毎日夢が見られる、その夢があるうちはアイドルでいられます。

『私が信じるのと同じくらい、まゆさんも自分を信じられたら、
 今がどれだけ辛くても、あなたはもっと素敵になれます』



こう言い切ったあたりで、私は喉の渇きを感じてお茶を口に含み、ふっと我に返りました。
私の熱弁は途切れ、まゆさんは黙ったままでした。

正直、私は気恥ずかしくなりました。
今思い出してみても、なかなかとんでもないことを口走っています。
私は、まゆさんの思いに引っ張られてしまったのでしょう。
きっとそうでしょう。

『本当に、なれますかね。アイドルになる前のまゆは、ただ見られるだけの子だったのに』



それから、私はまゆさんと話すことがさらに増えました。
私は、まゆさんのプロデューサーとは年齢と立場が違うので、
私にしか話せないことがいくつかありました。

例えば、弱音とか。

プロデューサーとの関係を運命とまで言い切るまゆさんは、
アイドルとしてプロデューサーへ弱音を吐くことができません。
そんなことをすれば、自分が見る夢に自分で水を差してしまいますから。



それから、私とまゆさんは二人で、アイドルとしては言いにくい話を喋る仲になりました――が、
その関係は、お節介な先輩と弱音を吐けない後輩ぐらいのものだったので、
まゆさんの活動が軌道に乗ってくると、お互い忙しくもなり、喋る時間が減りました。

ちょうどその頃、まゆさんがCDデビューしました。
私はその曲を聞いて、アイドルという夢から醒める暇がなくなったのか、と思いました。
最早まゆさんは立派なライバルなんだと気付かされました。
対抗心のなかに一抹の満足感と寂寥感が浮かんで、間もなく溶けていきました。


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