3: ◆Freege5emM[saga]
2015/03/10(火) 23:35:22.11 ID:NvNrK1sjo
●02
仕事が終わったのは、ほとんどのアイドルが事務所から帰ったあとだった。
「遅かったですね……学生の子とか、貴方の顔が見られなくて寂しがっていました」
俺が車にキーを差し入れると、音葉は断りもせず助手席側のドアを開けた。
音葉を隣に乗せたまま発車。事務所が立つ都心を抜けて、さらに車を小一時間走らせる。
「貴方の運転する車の助手席も、すごく久しぶりな気がして……。
カレンダー上では、そんなに日数が空いていないはずですが、待ち遠しかった」
不夜城を抜ける。
明かりは徐々に減って街灯だけになり、道路にも車が少なくなる。
「駆け出しの頃は、プロデューサーさんの車に乗せてもらうこと、今より多かった気がします。
あの頃は、今と違って営業車でしたが……こんなに道路も空いてませんでしたっけ」
音葉の声は小さなつぶやきで、エンジン音にかろうじてかき消されない程度だった。
「プロデューサーさんは、仕事中とそうでないときで、アクセルの踏み方が違いますよね」
音葉は、しばしばこういう物言いをする。
足音が違うとか、キーボードを叩く勢いが違うとか。
音を通して俺を見透かしている素振りをする。
「ドヴォルザークみたいですって? それは気後れしてしまいます……。
それに、あの人が聞き分けたのは汽車の音らしいですし」
アクセルの踏み方なんて、安全運転を心がけていれば、そんなに変わるものじゃない。
そのはずなんだが、音葉には違いが分かるのだろうか。
「ここまでくると静かですから、貴方の思いまで聴こえそう……」
フロントガラス越しの夜道に、音葉のはにかんだ微笑が見えた気がした。
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