10: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/03/31(火) 04:21:21.87 ID:w4MVYybr0
髪の毛の話をしているとき異変に気がついたものが一人いた。染谷まこだ。異変といってもたいしたものではない。京太郎の灰色の髪の毛が、かつて
「金髪だった」
と断言できたのが、染谷まこだけだったのだ。ほかの部員たちは宮永咲も含めて
「金髪だったに違いない」もしくは「金髪だったかもしれない」
どまりだった。部員たちは金髪だったといわれれば、そうだったかもしれないとうなずくのだが、
「黒色だった」
とか、
「茶色だった」
と別の誰かが誘導すれば、すぐに間違えそうな不安定な状態であった。人間の記憶は怪しいものだ。完全に覚えていられるものは非常に少ない。
不思議なことではないだろう。ただ、程度がある。京太郎の髪の色を間違えるというのはいくらなんでも無理があった。
しかし今の自分たちの環境がおかしいと理解できたのは染谷まこ、ただ一人だった。しかし指摘できなかった。不気味で、恐ろしかったのだ。
たった一週間だ。一週間前まで綺麗な金髪だった少年が、灰色の髪の毛になった。これだけでもおかしいのに、京太郎は日本人で非常に珍しい金髪だったのだ。生まれつきの金髪である。綺麗な金髪はいやでも目を引く。いい意味でも悪い意味でも目を引くのだ。
しかしそれがわからなくなっている。そんなおかしなことがあるものか。おかしなことがあるものかと思うが、おきてしまっている。そうなってくると、染谷まこは考えてしまうのだ。
「自然に起きたのか、それとも『誰か』が行ったのか。仮に『誰か』だった場合、何が目的なのだろうか」
ヒントが少なすぎてわからないけれども、ひとつだけはっきりしているのは須賀京太郎を「誰か」が隠したいと思っているということ。毎日といっていいほど顔を合わせていた宮永咲の記憶すら怪しくしているのだ、よほど隠しておきたいということになるだろう。
そして、染谷まこは行き当たるのだ。
「情報操作に気がついたものはどう処理されるのか」
そんなことを思うと、指摘するのは無理だった。
京太郎が下駄箱に到着してから数分後のこと、部員たちが玄関に到着した。部員たちは、先ほど京太郎が見せた、怪力についてなどというのはすっかり忘れてしまっているように見えた。タコスの話をするものがいたり、麻雀部の予定について話をするものがいたりして、実に和気藹々としている。
少し遅くなってしまったのは彼女たちが話をしていたからではない。普通に歩けば下駄箱まで数分はかかる。京太郎が、少々行儀の悪い移動方法を取ったために、彼女たちよりもかなり早く下駄箱のある玄関まで移動してしまったのだ。
下駄箱に到着したとき部員たちは京太郎に近づけなかった。下駄箱で自分たちに背を向けている京太郎の姿を彼女たちは見つけたのだ。京太郎は夕焼けを避けるようにしてたっていたのである。結果、背中を見せるような形になっていた。
背中を見せている京太郎をみたとき片岡優希などはひとつ飛びついてやろうと考えてもいた。
しかし、できなかった。寒々しい荒野としか言いようのない空気が京太郎から放たれていた。彼女たちはこれを感じ取り、先に進めなくなってしまった。
一種の異界といっていい雰囲気を放つ京太郎は、彼女たちにとっては近寄りがたい存在でしかなかった。京太郎に近寄れるほどの勇気を彼女たちは持っていなかった。
一方で部員たちが玄関に到着したのを察した京太郎は声をかけた。
「とりあえずわかりやすいところにおいておいたんですけど、大丈夫ですかね、これで」
背後から近づいてきた部員たちが動き出すよりも早く、さっさと振り返っていた。そしていつもと同じように声をかけた。バタバタと足音を立てながら歩いてくる彼女たちなど、いちいち視界に納めなくともどこにいるのかはすぐにわかる。
そして、仕事が間違いなく行われたかというのを確認する必要があったので、部長に対して質問したのである。
京太郎に話しかけられたところで、やっと竹井久が口を開いた。
「えっ、ええ。大丈夫だと思うわよ。わかりやすいところにおいてあるから、文句は言われないでしょう」
ぎこちない笑顔を浮かべていた。気を抜いていた京太郎から漏れ出していた奇妙な空気からいまだ抜け切れていないのだ。しかし何とか返すことができていた。自分の感じた神秘的な雰囲気は夕焼けを背にしている京太郎を見た詩的な感覚だと納得したのである。
つまり神秘的な雰囲気というのは勘違いだったのだと判断したのだ。
竹井久がうなずいたのを見て、京太郎はうなずいた。ほっとしていた。もしも間違えたところに金庫を置きっぱなしにしていたら、きっと業者さんに面倒をかけるだろうと考えていたからである。
しかしそれがなくなった。自分はしっかりとやり遂げられたとわかって、ほっとしたのである。
そして、京太郎は宮永咲にこういった。
「かばんありがとうな、咲」
いつもと変わらない口調、表情を京太郎は浮かべていた。まったく疲れている様子などない。四十キロ近い荷物を持ったまま、人気の少ない廊下を風のように走り抜け、階段を飛び降りてきたというのにまったく消耗していなかった。
京太郎にとっては、たいしたことではないのだ。ちょっとしたお手伝いであって、息を切らせるような運動ではない。
京太郎のかばんを差し出すときに宮永咲はうなずいた。彼女の目は京太郎をじっと見つめていた。わずかにうなずいたのは、自分に笑いかける京太郎が、いつもと代わらない彼の姿だと受け入れることができたからだ。
しかし、宮永咲の目は京太郎から離れない。わずかに恐怖もあったから。この恐怖は、怪物を見るような恐怖ではない。この恐怖は変化の恐怖。京太郎の力だとか、髪の毛の色のことではなく、また、雰囲気が変わってしまったことでもない。
この恐怖は自分の家族が離れ離れになったように、この失いたくない人物もまた、どこかに消えていってしまうのではないかという別れの恐怖である。
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