202: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/04/28(火) 04:19:02.48 ID:Z22ZBlJ80
オロチの触覚が警戒心を薄めたのを察してベンケイが京太郎に近づいていった。地面に下ろしていた箱をもう一度肩に担いで、スタスタと歩いてくる。そしてオロチの触覚を素通りして、京太郎に箱を突き出した。そしてこういった。
「じゃあ、これ。落し物」
京太郎に大きな木箱を突き出すベンケイは満足していた。別にベンケイがやらなければならないことではなかったけれども、最後までやりきることができたので満足したのだ。
突き出された大きな木箱を京太郎は受け取った。特に重たいという様子はなかった。いったん両手で受け取り肩に担いだ。そのときに京太郎とベンケイの目がしっかりと合った。
仕事は終わりだといって、ベンケイが帰ろうとした。そのときだった。京太郎はベンケイに話しかけた。
「荷物、ありがとうございます……忠告も。
でも俺は、馬鹿みたいで賢くなれないみたいです。すみません」
京太郎はまっすぐベンケイを見ていた。輝く赤い目ではなく普通の京太郎の目で見ていた。まったく偽らない京太郎の気持ちである。
京太郎の返事を聞いたベンケイは非常に困ったようで、頭をかいていた。そして、鋭い目になり、黒焦げになっている松常久と黒服だったサマナーたちを指さした。そして京太郎に忠告した。
「あの馬鹿どもを見てくれ。君が歩く道はああいうものを相手にしなくてはならないということだ。
とてもつらい道で、苦しいことしかないだろう。
楽な道ではない。修行は長く終わりが見えず、いくら功績を挙げても社会的な地位が上がるわけでもない。報われる可能性は限りなく低いのに、命の危険は常に付きまとってくる。
この道を歩いてきたからわかる。おせっかいだろうが、言わせてもらう。
普通に生きていたほうがずっとましな人生だったと思う時が来る。退屈でも普通がよかったと思うときがくるだろう。これ以上首を突っ込むとどうやっても戻れなくなる」
ベンケイの指差すところにはひどい有様の装甲車と黒焦げの残骸が転がっている。ベンケイは京太郎に意地悪をしたいわけではないのだ。自分自身が経験してきた修行、理不尽な命令、そして外道たちとの戦いを思い返して良かれと思いとめている。
外道とはベンケイが指差している松常久とサマナーたちのような者たちのことだ。ベンケイは気がついている。松常久たちがまだ生きていることを。そして、まだ、京太郎とディーと車の中にいる誰かを殺してやろうとしていることに。こういうやからを相手にする以上悲しみはいつも付きまとってくる。
怒りもわくだろう。いいことなんてひとつもない。
じっと京太郎の目を見つめていたベンケイはそれ以上言葉を続けなかった。しかめ面をして、首を横に振った。そして大きく息を吐いて力を抜いた。説得をあきらめたのだ。
というのがまっすぐに自分を見つめる京太郎の目が、よく似ていたからである。六年前のハギヨシ。そしてハギヨシの相棒になった一般人。ディーの目である。だからわかるのだ。ベンケイははっきり理解した。京太郎は馬鹿だと。世間の理屈はわかっていてもそれでもやると決めている本物の馬鹿だと。
こういう目をした人間はどうやっても道を譲ることがないとベンケイは知っている。かつて無茶をした弟弟子とその相棒はそうだったから、きっとそうだろう。だからもう何もいわなかった。
説得をあきらめたベンケイが立ち去るときである。いい忘れたことがあったらしく黒焦げになっているサマナーたちに向けてベンケイはこういった。
「松常久、お前の所業はすでに十四代目に伝わっている。ヤタガラスがお前の処遇について検討しているころだろう。何をたくらんでいるかは知らないが、おとなしく縄につくんだな。全てのヤタガラスがお前の敵になった」
そして、京太郎とディーに向かって、こういった。
「それじゃあ、帰る。ディーがいれば、どうにかなるだろ。またどこかで」
京太郎が反応するよりも早く、ベンケイは姿を消していた。もうどこにもいない。すばやく移動したというよりも瞬間移動の類だった。ベンケイの用事はもうしっかりと済ませたのだ。
忘れ物を届けるために動いていたらいつの間にかオロチの被害で困っている人たちを助けることになり、その流れでオロチの腹の中にまで侵入することになっただけなのだ。やることを済ませたら帰るだけである。
ベンケイが姿を消すと状況が動き出した。まず一番に動き出したのはディーだった。ディーの注意はオロチの触覚と京太郎に向かっている。ベンケイいわく死んだふりをしている松常久とその部下たちについてはそれほど注意を払っていなかった。
雑魚だと思っているからだ。上級悪魔の舞台で戦えるディーにとって、黒服たちはまったく相手にならないのだから。
次に動いたのは、オロチの触覚である。ベンケイとディーに気を配っていたのが、ディーのみでよくなったことで、ずいぶん気を緩めていた。広げていた両手を下ろして、京太郎に振り返り、微笑を浮かべていた。
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