45: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/04/07(火) 04:18:14.02 ID:Joyq1BtQ0
申し訳なさそうに笑うディーに京太郎がこういった。
「オッケーです。飛ばしてください」
あまりオッケーという感じはなかった。
京太郎の動体視力でも追いきれない光景と、衝突事故が起きたら大変なことになるという危機感が、楽しいドライブを許してくれないのだ。
特に不安の種であるデジタルのスピードメーターは六百に近づいているのだから、気持ち的には最悪である。
しかし、ここで引くわけには行かない。運転席のディーはまだまだ余裕らしい。そういう雰囲気をかもしているのだ。
ここで、怖いからやめてくださいとはいえなかった。
京太郎がうなずくと、アクセルをさらに踏み込みながらディーが言った。
「助かるよ。あと、もしも気持ち悪くなってきたら教えてね。前にお嬢たちを乗せてドライブしたらひどいことになっちゃって、文句いわれまくったんだよ。
ハギちゃんばかり乗せていたから加減がいまいち下手なのよ、俺」
そろそろ七百近いところまでデジタルスピードメーターが数字を上げてきていた。まったく理解ができない速度である。窓の外の景色はただの残像だ。
京太郎に一応の注意をすると、恥ずかしそうに笑いながらディーはアクセルを完全に踏み抜いた。またアクセルを踏み抜いたところで、ディーがつぶやいた。
「ガルーラ」
ディーが運転を始めて唱えていた魔法と同じ系統の魔法である。はじめに唱えたのがガル、今となえたのがガルーラ。ともに風の魔法である。
ディーがこの魔法を唱えているのはありえない速度で地面を駆け抜ける車が空に飛び出さないようにコントロールするためである。
もしもガルとガルーラの魔法を使わずに、桁違いの速度を出し続ければ、あっという間に車は制御を失い空を飛ぶだろう。
風の呪文が唱えられた後、スピードメーターがありえない速度で上昇し始めた。このとき京太郎は少し息苦しさを感じていた。車が超高速で走り始めて、加速の重圧が京太郎の体にかかったのだ。
あっという間に消えていく残像を見送りながら京太郎はディーに質問をした。
「何キロくらい出せるんですかこの車」
あまりにもいかれた速度を出された結果、京太郎は考えることを放棄し始めていた。もう、とんでもない世界に来てしまったなという気持ちも、すっかり消えていた。
最高速度についてたずねたのは、純粋な興味である。いくら改造したところで見た目普通のスポーツカーが七百キロオーバの速度を出せるというのは不思議だったのだ。
ディーが笑いながら応えた。ずいぶん楽しそうだった。
「最高で千を超えるくらいだとおもうよ。大丈夫大丈夫、九百くらいなら事故らないから」
まったく京太郎に視線を向けず、超高速で流れる光景をディーは捉え続けていた。ディーの眼球がこれまた高速で動き回り、ハンドルは実にすばやい切り替えしを続けていた。
時々大きく揺れ、弾むことがあったけれども、何かにぶつかるということはまったくなかった。この運転中、何度かこらえきれずにディーは笑った。
「運転がすきなんだな」
とディーの横顔を見て京太郎は思った。ただ心の底から思うのは夢中になって事故を起こさないでくださいという一つだけだった。
京太郎が見抜いたとおり、ディーは単純に運転をするのがすきなのだ。特に早くなければならないということはない。ゆっくりとドライブするのも良いと思っている。
マンガが好きな人がいて、そういう人が少年漫画から、少女マンガまで広く楽しむように、安全運転で長々とドライブをするのも好きだけれども、たまにはスピードを出すのもすきなのだ。事故の危険が限りなく低い道が広がっているだけの異界というのは最高だった。
笑うディーの横顔を確認した京太郎は、なんともいえない顔をしていた。
スピード狂のディーに引いているわけではない。うらやましかったのだ。熱中できているディーがうらやましかった。
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