53: ◆hSU3iHKACOC4[saga]
2015/04/07(火) 05:02:01.24 ID:Joyq1BtQ0
サガカオルが自分の首にかかっているタオルと空になったビンを見せるとパイナップルみたいな髪形の女性がこういった。
「あらまぁ! 親切な子ね! もう、本当にごめんなさいね、この人自分の年を考えずに飲みすぎちゃって、それで車酔いなんてしちゃって。
でもよかったの? マッスルドリンコは結構使うでしょう、自分の分がなくなっちゃうわよ。それにそのタオルもおっさんくさくなって使えなくなるわよ」
見た目こそ派手な女性だが話しぶりは母親と世間話をしているお姉さんがたとよく似ていた。
パイナップル頭の女性のいいように京太郎は苦笑いを浮かべた。どういう風に返していけばいいのかが、いまいち京太郎にはわからなかったのだ。
パイナップル頭の女性のいいようにサガカオルがこういった。
「まだそこまでおっさんじゃねぇよ。それに加齢臭がタオルにつくなんて……タオル?
おいおい、このタオル、まさか! ジャガースの限定品じゃねぇか!
何やってんだ俺! 臭いがつく! しかし何でまたこんなところに」
はじめはパイナップル頭の女性に怒っていたのだが、急にあわて始めた。あわてている原因は京太郎のタオルである。
このサガカオルという男はずいぶん熱心な野球ファンなのだ。特にひいきにしている球団があるのだが、その球団が非常に珍しいファンアイテムを作ったことがある。
そのファンアイテムというのは優勝記念のタオルだ。優勝記念のタオルなど珍しくもなんともない。しかしこのタオルは事情が違うのだ。
というのが残念なことに世の中には出回っていないのである。事情はやや複雑なのだが、簡単に言ってしまえば先走りすぎたということになるだろう。
優勝確実だと思ってタオルを作ったのだが、見事にひっくり返されて世の中に出せなくなったのだ。
このサガカオルという男はこのタオルがその幻のタオルであるとすぐに見抜いたのだ。何せサガカオルも優勝確実だと思ってぬか喜びをした一人だったのだから。
いきなりあわて始めたサガカオルを見て京太郎が一歩引いた。
今まで冷静そのものだったサガカオルが尋常ではない勢いでベンチから跳ね上がり騒ぎ始めたからである。その騒ぎようというのがあまりにもひどいので、流石に京太郎も受け入れるのに時間がかかっていた。
一歩引いた京太郎を見かねて、パイナップル頭の女性がサガカオルにこういった。
「限定品のジャガースグッズは後にしなさいな。ヤタガラスの子が困ってるじゃない。
ごめんなさいね、この人ジャガースのファンでね、グッズ類に目がないのよ」
パイナップル頭の女性がこういうので、京太郎は軽くうなずいた。完全に引いていた京太郎だったが、少し持ち直していた。
熱狂的な野球ファンというのがいるというのは知識として知っていたために、こういうものなのだなと受け入れる準備ができ始めたのであった。
京太郎の頭の切り替えの速さというのはそこそこ早かった。
そろそろディーがいっていた休憩時間の十分が過ぎようとしていた。時間が過ぎかけていると感じ取り京太郎が立ち去ろうとした。
「あのそろそろ行かなくちゃならないので失礼します」
別れの挨拶をしたのは失礼になるからというのがひとつと、少し無理やりにでも別れを告げなければここから離れられないように感じたからだ。
特にパイナップル頭の女性は話し始めると返してくれないような印象があった。
京太郎が別れを告げると、サガカオルがこういった。
「まてまて、ちょっと待て。もしかしてこれ俺にくれるのか?」
ジャガースのタオルについて何もいわずに京太郎が立ち去ろうとするのをみたからである。
とんでもない限定品なのだから、返してくれないかと京太郎がいうと思っていた。もちろんのどから手が出るほどほしいので譲ってもらえるように交渉するつもりもあったのだが、何もいわずに立ち去られるとは思いもしなかった。
サガカオルの問いに京太郎はうなずいた。特に何の変化というのも京太郎にはない。くれるのかと質問されたので
「そのつもりです」
という意味合いをこめてうなずいていた。京太郎には何か大金を払ってくれとか、返してほしいとかいう気持ちはない。
京太郎にはそういう交渉を行うという気持ちがないのだ。困っているから声をかけた。脂汗が吹き出ていたのでタオルを差し出した。それだけだったのだから、それ以上のことなど頭にない。
そうするとサガカオルがこういった。
「ならちょっと待ってくれ。マッスルドリンコの御礼もしなくちゃならん!」
そういってサガカオルは立ち上がって、どこかに消えていった。今まで青い顔をして寝込んでいたおっさんの動きではなかった。京太郎の目をもってしても捕らえるのが難しい俊足を披露した。
向かっているのはサガカオルの車である。このおっさんは自分が受け取ったものの価値というのをよく知っていた。そのため、自分がこのままもらいっぱなしになるとずいぶん不公平であるというように考えたのである。
京太郎が価値を知らなかったのだから、黙っておけばいいと考えてしまえば、それまでのことである。しかし、そうすることができないタイプの人間というのがいて、そういうタイプの人間がこのおっさんだったのだ。
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