過去ログ - Love A-RISE
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13:野良猫 ◆oiBB.BEDMs[saga]
2015/05/06(水) 10:49:46.47 ID:JvRyHgVUO
「もう黙って!」

 ロッカーを叩く音と共に、英玲奈の声が更衣室を震わせた。

「あなたに私の何がわかるの……常に最高のパフォーマンスの何が悪いの……見てくれる人に最高のものを届ける、自分が楽しいかなんてどうだって……」

「見て貰う私たちが楽しくないのに、見ている人が、楽しめる? 私は小さい頃に見たアイドルの楽しそうな笑顔に憧れてこの世界を目指したの。だから、信じたい。私が目指したあの人たちは好きであそこに立っているって、決して仕事だからとかではなくて、歌もダンスも楽しいからステージに立っているってね」

「そんな事を言うのはあなたがまだ候補生だから?」

「いいえ、これは私の、綺羅つばさとしての意見よ。でもそうね、確かに私はまだ候補生で、そういう風に思われるのも仕方ないか」

「分かったなら、もう今後私に関わらないで、放っておいて」

「嫌よ」

「……っ」

 英玲奈がぐっと奥歯を噛み締める。

「だってようやく本当のあなたに会えたんだから」

「何を言って……」

「今のあなたの顔には今まで見たことがないくらいの感情が現れてる」

 笑いながらつばさはロッカーの陰から姿を現した。
 ブラインドの隙間から差し込む夕日の光を背に受けながら、つばさは挑戦的な眼差しで言った。


 その言葉に英玲奈はハッとしたように顔へと手を伸ばす。

「私は……なんで……」

 個人の感情なんていらないと思っていた。アイドルはただ演目に沿って、完璧に役割を演じればそれでいいのだ。だから英玲奈はこれまでそうしてきた。
 だというのに、

「なんで私はこんなにもイライラしているの……」

 この感情は一体何だ?

「こんなの知らない……」

 こんなのいらない……。
 ずっと前にそう決めたはずだ。
 だというのに、どうして今さらこんなにも昂るのは何故だろうか。

「本当に分からない?」

 つばさが問う。
 こんなものは知らないと理性は言う。だが、心は覚えている。
 始めてステージに立ったときの興奮を、始めて失敗した日の悔しさを、そして、ダンスというものの楽しさを……。

「私は明日候補生から辞退するわ」

 迷いなく、真っ直ぐにつばさが言った。それは限りなく間違った選択のように思える。その道は棘の……いや闇の道か。だというのに、彼女の目には確かな光があった。
 それはとても小さくて、しかしとても強い光だ。

「ねぇ、私と一緒に踊らない?」

 差し出された右手と言葉に、どくんと英玲奈の心臓が鼓動する。
 この選択はきっと間違っている。だが、まるでその瞳に吸い込まれるかのように、英玲奈は足を踏み出してしまう。

「私は……」

 今までの自分がガラガラと音を立てて崩れていく。それは偽りの自分であり、弱い自分自身だ。
 失敗を恐れるあまり、ただ演目に忠実な人形になっていた臆病な自分だ。

「私はつばさ、綺羅つばさ。あなたは?」

「英玲奈。統堂英玲奈」

 握りしめた手と手に伝わる互いの鼓動。それは不安や緊張なんかではないと、互いが知っている。

「それが本当の貴女なのね」

「おかしいだろうか?」

「いいえ、とても素敵な笑顔だと思うわ」

 微笑むつばさの前には、ぎこちなく……だが、とても自然な笑顔を湛える英玲奈の姿があった。


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