6:野良猫 ◆oiBB.BEDMs[saga]
2015/05/06(水) 10:38:43.87 ID:JvRyHgVUO
「ねぇ、優木さん?」
「はい?」
「私、あなたの歌がとても気に入ったって言ったらどうする?」
悪戯な笑みを湛えて、つばさは首を傾けて見せた。
「また聞かせて貰えるかしら?」
「私なんかの歌なんて……」
「そんなことないわ。さっき初めて聞いたけど、正直言ってこんなに上手い子がいたなんて知らなかった。それだけの実力があってどうして候補生じゃないのか不思議なくらいね」
「違うんですよ。私は全然違うんです……」
「違う?」
「ダメなんです私。練習では出来るのに、本番になると、途端に声が出なくなって……」
うつ向いてあんじゅは、桜色の瞳いっぱいに滴を蓄えた。
「ならこの歌声は私が独占しちゃってもいいのかな?」
優しく告げて、つばさはぎゅっとあんじゅを抱き締めた。
「っ!?」
「大丈夫。上手く言葉では言えないけれど、あなたの歌は本当に素敵だった。私にはあなたの問題を解決してあげることは出来ないけれど、手助けくらいなら出来るかもしれないし、何よりもあなたの歌を私は聞きたいの」
「我が儘ですね」
「駄目かしら?」
腕をほどいて、つばさはあんじゅの涙を拭って笑う。
「ダメじゃないです」
はにかむように笑って、あんじゅは頬を染めた。
「ね、あんじゅって呼んでもいい?」
「え、はい」
きょとんとするあんじゅに、私の事もつばさって呼んでね、と耳打ちしてつばさはあんじゅの掌に紙切れを握らせてからぱっと離れた。
「それ、私の番号とアドレス」
どこか嬉しそうにつばさはそう言って、それじゃあと手を上げる。
「私はこのあとまだやることがあるから、後で連絡ちょうだいね」
失念しそうになっていたが、つばさはいま新入生向けの紹介ディスクの内容を考えていたのだ。それに午後からは、つばさが担当するダンスパートのレッスンもある。
思わぬ出会いに浮かれていたが、やるべき事はやらねばならない。
「必ずだよ!」
「はい!」
あんじゅが笑顔で答えて、去っていくつばさへと手を振った。
つばさが居なくなり静寂に包まれた室内で、これは夢ではないのかと確かめるようにあんじゅは自分の頬を引っ張った。
「よかった」
夢ではないと証明されて、あんじゅは渡された紙を抱き締めるように胸の前でぎゅっと握り、今日という日の幸運を噛み締めるように微笑んだ。
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