2:名無しNIPPER[saga]
2015/06/14(日) 00:28:05.28 ID:dRC9U7Le0
『Gさん』
眉毛に溜まっていた汗を拭うために、視線を動かした。
だから、道場の端で。
いつの間にか制服に着替えていた部長が、監督と話している後ろ姿に気付いた。
今日もかぁ、と、誰に聞かせるでもない言葉が零れた。
初めの頃は監督も、ふざけ半分にあてこすったり、難色を示すフリをしたりしていたものだけれど、今はその『手続き』も淡々としたものになっていた。
慣れてしまったのだ。部長がいない、部長がいなくなる、という状態の、部の回し方に。
むしろ、今となっては『わざわざ時間を作って来て頂いている』くらいの感覚かもしれない。
なにしろ、アイドル『水野翠』が在籍する女子弓道部なんだから。
ただでさえ、容姿も人望も――コネ、もひっくるめて――部長目当ての入部希望者は多かったというのに、今ではホントに見学者も絶えないくらい。
自分がそうじゃないとは言わないけれど――でも、そういう連中と一緒にされたくはない。
部長はちょっと天然で純粋で、そういう邪念とは無縁のひとであるべきなんだから。
監督の許可がおりたのだろう、壁に掛かった部旗へ正座し、黙想を始める部長。
こっそり盗み見て、見つかって大目玉をくらったかつての記憶が甦る。
あの時は、部長もずっと道場にいたのにな――
――棒立ちになっていた自分に気付く。
背を向けているにも拘らず、道場の皆を試すかのような清冽さを湛えた、あのひとの居姿との隔たり。
惨めになりながら――矢を番える。
去るひとの気配を感じても――たったひとつ残った意地を張るように、振り解かれそうになる指に、力を込めていた。
この一矢は、褒めてもらいたかった。叱ってもらいたかった、そんな想いの一握り。
走馬灯じみた矢の軌道。
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