26:名無しNIPPER[saga]
2015/08/02(日) 12:37:43.31 ID:x8M4imvn0
H君』
どこからもらってきたのか、親に優待券を押し付けられ、普段見向きもしない美術館に行ったのがそのきっかけ。
(そう、『優待券』。断じて『招待券』ではなかった)
入場はしてみたものの、知識も興味もない人間が見たって正直ありがたみはない。
途中ほとんど飛ばし、目玉というような大きな作品も少し立ち止まったくらいで鑑賞を終えた僕は、通った順路を何気なく見返した。
そこでその、後ろ姿に出会った。
壁に掛かった大小の絵画や、わざわざ足を運んでいるクセにさして興味もなさそうな人々を背景にして、まるで初めからそこにいたかのように佇む、長い髪の女の子。
彼女はどこかで見たような出で立ちで、決して派手じゃないのに、その場に居る光景自体が、飾られたどの作品よりも、僕の注意を惹いた。
そうしてどれくらい経っただろう、彼女はその間中身動きすらせず……ようやく、次の作品に向かって歩き出したのは、他の客がはけるほんの一瞬を待ってからだった。
横から見た彼女はは少し猫背だった。
だけど、眼鏡越しの視線は意外なほど熱っぽく作品に注がれ、僕はまた、彼女の瞳に釘付けになった。
ついでに、彼女をどこで見た覚えがあったのか、遅まきながらようやく気が付いた。
その日以降、僕は教室での彼女を目で追うようになった。
美術館なんかにわざわざ行く必要はない。見たい絵はそこにあったんだ。
後ろ姿も、右の横顔も左の横顔も見ることは出来た。でも、正面の姿を見るという、いつの間にか沸いた淡い期待はかなわなかった。
こちらが面と向かって話そうとしても、彼女に目を逸らされてしまったからだ。嫌われている訳じゃないと思いたい。
横顔の人物画には正面を向かせられない。そんなたとえが浮かんだ。
ものも食べなければ、こちらから触れることも出来ない存在……我ながらキザな物言いだけど、それは不思議なほどすとんと、胸の中のあるべき場所に着地した。
その内、彼女はアイドルになった。きっと誰かが彼女の魅力を見つけ出したんだろう。
僕が一番に気が付いたのに、と思わなくもない。
でも、今更お近づきになろうだなんて思わない。
正面向きの彼女をメディア越しでいよいよ観た時――『作品にはお手をふれないで下さい』という決まり文句が、僕のアタマのどっかで、じわり、浮き出ていた。
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