8: ◆8HmEy52dzA[saga]
2015/06/18(木) 23:29:18.63 ID:jPdfGr6q0
「……それにしても、まさか玄武くんがうちの咲にご執心とは驚いたよ」
「…………っ」
「最近の不調は、それが原因かな?」
いきなり話題を変える神谷。目に見えて黒野くんの顔色が変わる。
「玄武よお、お前が女に惚れるたァ天変地異でも起こるんじゃねェの?」
「……うるせえな、黙って食え」
「別にお前が恋しようが何をしようがいいけどよ、ケジメだけはキッチリつけろよ」
紅井くんの言っているのは、先ほど神谷も話していた黒野くんの不調のことだろう。
黒野くんも平静を装ってはいるものの、内面は大きく動揺しているように見えた。
黒野くんは意を決したように席を立ち、神谷の前に立つ。
神谷は男の人の中でも大きい方だが、その神谷が見下されている。
「神谷さん」
黒野くんが神谷に対して腰を九十度曲げてのお辞儀をする。
「お、おいおい」
「他所様のメンバーに恋慕なんて失礼千万とは承知です。しかも、それが原因で他のことにも注意散漫になってる。情けねえ限りです」
「…………」
「ですが、俺の水嶋に対する想いは本気です」
客のいないカフェパレに沈黙が響く。
紅井くんだけが頰にご飯つぶをつけて緊張感がないが、相棒のことは気になるのか、神妙な顔でライスを咀嚼していた。
「もし万が一、この事が原因で問題が起きたら、俺がアイドルを退きます」
「黒野くん、面を上げてくれ」
と。
神谷が諭すような声色で黒野くんの肩に手を添える。
その言葉に応じて、佇まいを直す。
「結論から言えば、俺から何かを言う事はないよ。それに人を好きになれるって事は素晴らしいことだ。それは他人に好きになってもらう資格があると言ってもいい」
「…………」
「人から好かれる。トップアイドルになるための第一条件だ。君は何も間違っちゃいない」
アイドルの条件。神谷は歳の割に大きな視野を持っている。
他人を好きになれない人間に、誰かに好かれる資格はない。
「咲はCafe Paradeの誇る立派な看板娘だ。それにアイドルは大衆のものであり恋はご法度だが……」
アイドルたるもの、恋をするべからず。
アイドルになると決めた瞬間に決意しなければならないことだ。
アイドルはみんなのものであり、個人間で完結してはいけない――けれど、それは人間の本質である心を捨てる事と同義だ。
神谷の言う通り、アイドルと恋愛は対極に位置するもの。
でも、だからと言って、
「人を好きになる事を諦めてまで、俺はアイドルをやりたいとは思わないね」
――あたしも、いつか誰かを好きになる日が来る。
その時、あたしはアイドルを捨てられるだろうか。
「それに、咲をください、なんて言うなら俺じゃなくて咲の親御さんに言うんだね」
「……仰る通りです。勉強させていただきました、神谷さん」
「やっぱ神谷兄さんは言う事が違ぇなぁ……おおっとにゃこ! それぁ食っちゃダメだ!」
手を後ろで組み、軽く会釈をする黒野くん。
神谷の言葉は、きっと黒野くんだけでなく、あたしにも向けられていたのだろう。
あたしが女装をしてアイドルをやるのなら、いずれ乗り越えなければならない壁だ。
あたしも、決めなくちゃ、ならないよね。
19Res/26.98 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。