過去ログ - 卯月「プロデューサーさんの、本当の幸せを」
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22: ◆8g8ZKJa8Ps[saga]
2015/08/24(月) 01:52:38.60 ID:20TbIrfu0
 その日、私は事務所に学校のプリントを忘れてしまったのです。先生に提出する大事なプリントでした。お仕事の都合上、確実に渡せる機会はそうありませんので、私は一度帰った後、プロデューサーさんに連絡してから事務所に戻りました。

 プリントはすぐに見つかりました。でも私は探すふりを続けます。だって二人きりだったんです。ちひろさんはとっくに帰っていて、事務所には私とプロデューサーさんしかいませんでした。こんな機会はめったにありません。そうしていると、ふとプロデューサーさんが私を手招きしました。一つだけ余ってしまったから、とキャンディが手渡されます。包み紙の両端をきゅっと絞った丸いキャンディです。私はありがとうございますと頭を下げて、キャンディを頬張ります。もちろん、包み紙はきっちりと四つ折りにしてポケットに大切にしまいました。

 私は口の中でキャンディをころころさせながら、事務所のいろんな所を探りつつ、チラチラとプロデューサーさんを盗み見ます。いつでもパリっとしたスーツ。一度も緩めているところを見たことがないシャツの襟元。糊のきいた襟とプロデューサーさんの首筋はいつ見ても素敵です。

 キーボードを叩く指。シワ一つない袖口から伸びる男の人の手首。カフスボタンと腕時計の調和。コーヒーカップをつかむ指と、その縁に寄せられる唇。まゆちゃんが夢中になるのもわかります。けれど私は島村卯月ですから、あまり見つめてこれ以上好きになってもいけません。私は残業しているプロデューサーさんの背中に後ろから抱きついてしまいたい衝動を抑え込みながら、プリントが見つかったことを伝え、お疲れ様です、失礼しますと言い、送っていくよと席を立ったプロデューサーの好意を固辞して、事務所を後にしようとしました。でも――

卯月
「……あれ、凛ちゃん? 未央ちゃんも……?」

 私が帰る直前に、二人が事務所に顔を出しました。


「卯月……?」

未央
「し、しまむー……こ、こんばんは」

 二人ともばつが悪そうな顔でした。当然です。

 だって二人は、今日も用事があると私の誘いを断っていたのですから。

卯月
「凛ちゃん、お家の手伝いはもういいの?」


「……うん。もう終わったよ」

卯月
「未央ちゃん、溜まってた課題はちゃんと終わったの?」

未央
「ば、ばっちり! ついさっきね、うん! 終わらせたんだー!」

卯月
「そっか。私は事務所に忘れてきたプリントを取りに来てたんだ。じゃあ二人ともお疲れ様。おやすみなさい」

 私は二人の間をすり抜けるようにして事務所を出ました。

 もうすっかり夜です。空を仰いでも月は見えませんでした。

 星もよく見えません。街灯がぐにゃりと歪んでいます。

 いまにも涙がこぼれてしまいそうでした。

 凛ちゃんと未央ちゃんはメイクをしていました。撮影用の、カメラにちゃんと映えるようないつものメイクではなく、女の子として、男の人に魅力的に見えるメイクでした。服もさりげなくですがかなり気合が入ってました。香水も付けていた気がします。

 お手伝いとか、宿題とかは嘘だったんです。二人は私と別れた後、帰って準備をしていたんです。シャワーを浴びて、たっぷり時間をかけてお化粧して、悩みに悩み抜いたドレスを着て、香水を纏って。プロデューサーさんとのデートをするために、何時間も自分を磨いたのでしょう。私にだってそれくらいはわかります。

 どうしてなんでしょうか。二人はアイドルで、私のお友達で、大切な仲間なのに。いったいいつからなのでしょうか。いったいいつから、二人はプロデューサーさんと――



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