30: ◆Freege5emM[saga]
2015/09/23(水) 17:09:16.08 ID:5OkfeDTTo
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「夕美ちゃんは、初めて自分でお世話して咲かせた花って、ナニかな?
あたしは……パンジーだよ。小学生のとき、お母さんに、手伝ってもらいながら、お世話してた」
二人ベランダで肩を並べて、春のアブラムシ避け薬剤を仕込んでいる時とか……
私は志希ちゃんから過去の話を聞くことができた。
「志希ちゃんは、小さい頃からなんでもカンタンにこなしちゃう子でねぇ。
それだけなら良かったんだけど、今に輪をかけて堪え性がなくて、何をやってもすぐ投げ出す。
カンタンにできちゃうコトなんて、つまんないもん♪」
よく言われることだけど、園芸で人間がやることといったら、とにかく地味なんだ。
虫や病気や動物との戦いだったり、気まぐれな天気に振り回されたり、
葉や茎の状態を見て水や肥料を調整したり……そういう地味な努力がほとんどを占めている。
「……初めて植えた子は、葉っぱをヒヨドリにやられちゃって……あたし、わんわん泣いたなぁ。
上手くいかないってこーゆーコトなんだ、って……食われた後を見て、ハッキリ教えられた」
鮮やかな花を楽しめるのは、ほんの一時。
それまでに地味な努力が一つでも欠けてしまえば、花は綺麗に咲かない。
人に見せるのは、その綺麗な一時だけ。
それは、どこかアイドルに似ている。
「それから、あたしは植物を育てるようになったんだ。次の秋もパンジーを植えたの。
経験を積んだ志希ちゃんは、見事♪ お花を咲かせました――のは、良かったんだけど」
志希ちゃんがパンジーのプランターに向ける眼差しは、祈りと慈しみが混じっている。
「5月30日、あたしの誕生日の寸前に……最後の花がしおれちゃった。
岩手は春が遅いけど、それでも……もたなかったんだ。それが、悲しくてまた泣いちゃった」
カレンダーが進む。新芽が増えていく。
雨が降ると、その新芽たちもパチンパチンと剪定してしまう。湿気で弱った体力を無駄にできない。
ナメクジを捕らえるトラップを仕掛けつつ、太陽のお出ましを祈る。
「その次の年は、植えた子がなよなよして、ほとんど咲かせられなかった……
あたし、F2を植えちゃったんだよ。メンデルの法則でやるよね?
F2(雑種第2代)は、親のF1と違って、ひ弱になっちゃうの。また、泣いちゃった」
自ら天賦の才能を持つギフテッドと称して憚らず、
なんでも飄々とした態度のままこなしてしまう志希ちゃんが、
パンジーを綺麗に咲かせられなくて、3年も泣いた……。
「ねぇ、夕美ちゃんはパンジーの名前の由来、知ってる?」
「……由来、かぁ。私は知らないなぁ……志希ちゃんは、知ってるの?」
「由来はね……この花の咲いている様子が、考えこんでる人の顔みたいに見える、
ってことから、フランス語でpensée(考えること)って呼ばれてて、
それを英語読みしてパンジーだって、さ。ふっふー♪」
パンジーはその名の通り、志希ちゃんの……ともすればあまりに早く走ってしまう頭脳に、
時間をかけて一つのことを追求することを、身を持って教えてあげたみたい。
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