19: ◆tXSQ21DKYs
2015/12/11(金) 02:10:38.84 ID:wxXgwuIMo
「では、何が不満だったんだ? 家を飛び出すほどだ。何かあるんだろう」
「それは」
不満を持たれているのはわかっている。が、その不満が何から来ているものかわかっていない。
この人にとって、私が飛び出したのは癇癪以外のなにものでもないわけだ。いやそれはそれで正しいのだけれど。
思えば、私はこの人のことをよく知らない。小さい頃から家を空けていることが多かったから。同時に、この人も私のことをよく知らないのだろう。
「一つ、聞いていい?」
「なんだ」
「私が医者になりたくないって言ったら、パパはどうする?」
「……それは、音楽を続けたいということか」
「どうかしら。医者になる意思がないわけじゃないけど」
本当のことだ。医者になりたくないわけじゃない。ただ、音楽の道も諦めることができたわけじゃない。
今、私は分岐点に立っている。どの道にも進むことができる。問題は、その進み方がわからないということ。
「……なんにせよ、認めるわけにはいかないな」
「医者になるかどうかは私次第だわ」
「そうだな。それでもお前が医者にならないというのなら、支援はできない」
「縁を切るってこと?」
「そこまでではないさ。お前は西木野の跡継ぎである以前に、私の娘だからな。ただ、我を通したいのなら自分でなんとかすることだ」
予想よりもずっと優しい。正直、縁を切られて家から追い出されるかと思っていた。
今回の家でのようなものでなく、敷居を跨げなくなるような、そんな感じで。
「なぁ、真姫。私は純粋にお前の幸せを願っていて、だからこそ医者になれといっている」
「医者になることが一番の幸せとは限らないわ」
「では一番の幸せとは何だ。それはどこにある? そんな不確かなものを追い求め、不幸になったものは山ほどいるし、実際に見てきた」
「私がそうなるって?」
「ならないと思うのか?」
どうだろう。この人の言っていることは、十分に信憑性のあることなのだろう。私の倍以上は生きているし、その分だけ培われた知識と経験がある。
私なんかただの小娘であり、私を諭すことが、大人としての役割なのだろう。それはきっと親としての義務と、愛情によるものだ。
「まぁ、なんとかなるんじゃないかしら」
「……はぁ?」
あんぐりと口を開ける父を尻目に、冷めた紅茶を飲み干す。飽和した砂糖のじゃりじゃりとした食感に顔をしかめながら立ち上がる。
「それじゃ、私またしばらく帰らないから」
「お、おい」
「……色々と、考える時間をちょうだい。私の人生なの。自分で決めたいの」
誰かに引っ張ってもらうのはもうやめなければならない。自分の足で歩き始めるのだ。
何が正しいのか、私にはまだわからない。どこに向かっているのかも。それでも、私は歩かなければならない。
いつの日か、彼女と並び立つために。
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