27: ◆Freege5emM[saga]
2016/01/03(日) 17:44:02.06 ID:d/9JR/ulo
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「貴方は、私に問われましたね。『アイドルになったこと、後悔していないか』と」
文香の舌は、ミステリの探偵役が推理を披瀝するように、重々しく言葉を紡いだ。
改めて『鷺沢文香はアイドルになるべきだったのか』と聞かされると、
この疑問に延々とこだわる俺が、まったくのダメプロデューサーにしか思えなくなってきた。
少なくとも、これはプロデューサーがアイドルに訊いていい質問じゃない。
でも俺はその疑問を、今日まで拭い切れていない。
だから、文香の名前を聞いて、俺の足は東京から長野まで衝き動かされた。
「プロデューサーさん。私の方を、向いてください」
文香の声に視線を引き上げられた。
文香が俺に向かって身を乗り出していたのに気づいた。
古書の紙がふわりと漂わせる、ほのかな甘さの匂いを感じた。
「15年もかかりましたが……今なら、言えます。その問いの答えを。
顔を上げて。前を向いて。貴方の目を見て」
俺と文香は、プロデューサーとアイドルだった頃より近い距離にいた。
それを実感した一瞬、俺の心臓は年甲斐も無く跳ねた。
「貴方に応えてアイドルになったこと、一片の後悔もありません、と」
俺が至近で文香の瞳を見つめ返すと、文香はハッと色を変えて、
乗り出していた身を引っ込めてしまった。どうやら、勢いで前に出てきたらしい。
「……せっかくですから、私にも思い出話をさせてください。
何から話せばいいのか、整理はついていませんが……聞いていただきたいことが、あります」
今も人前で話す職業なのに、この有様は恥ずかしい――と、文香は含羞を滲ませた。
俺はその様で、文香がアイドルになったばかりの頃を思い出した。
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