過去ログ - ちひろ「プロデューサーさんとの幸せな日々」
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10:名無しNIPPER[saga]
2016/04/06(水) 04:26:14.75 ID:yjfF0art0

 三日目



「はい、これ。……なにって、見ればわかるでしょ。首輪だよ? この前一緒に買いに行った。ハナコのじゃなくて、私の」

 男に黒い首輪を手渡し、凛は顎を上げて白い首を差し出した。服は部屋に入ってきた時から着ていなかった。均整の取れた身体を惜しげもなく晒し、切れ長の目を悪戯っぽく細めている。

「どうしたの? ほら、早く付けてよ。……ふふっ、なにをいまさらためらってるの? 私はプロデューサーのモノなんだから、首輪をするのくらい当然でしょ?」

 男は首輪を見つめたまま苦しい表情をしている。戸惑いと、躊躇に満ちた目だった。凛はそんな彼を楽しげに見つめている。

 ――いつだって、そうだった。好意や愛情を示すと、男はこういう顔をする。

 ずっと見つめ続けてきた。自分を支えてくれたその手を。自分を守ってくれたその背中を。自分を勇気づけてくれたその笑顔を。ずっとずっと見つめ続けてきた。だからわかる。男が首輪をつけようとしないのは、性倒錯的なその行為に嫌悪感を抱いているからではない。一人の人間を動物扱いして、その尊厳を貶めることに抵抗があるからではない。むしろ、逆だ。男はそういったことに並はずれた興味と関心を持っていた。強固な理性と自制心の下には、倫理から逸脱した情欲と性衝動が潜んでいることを、ここでの生活で凛は見抜いた。

 男は魅力的な人間だった。仕事ができて、気配りができて、情熱的で、思いやりが合って、謙虚で、顔も悪くない。にもかかわらず恋人がいないばかりか、今まで誰とも恋愛をしたことがないという。同性愛者ではないのなら、恋人がいない理由は彼の内面にしかない。凛はその理由をずっと考えてきた。他でもない、自分だけが彼の恋人となるために観察し、推察し、考察し、やがて一つの答えに辿り着いた。

 彼はその獣性ゆえに、己を憎悪している。

 そう考えるといろいろなことに納得がいった。彼は忌まわしい自分自身に価値を見出していない。だから休日なんていらないし、理不尽な叱責を受けても怒らない。異常といえるほどの数のアイドルを担当しているのに、今まで大した問題もなくやってこれたのは、彼自身が持ち得る時間のすべてをアイドルたちに使っているからだ。

 ここでの生活で凛が一番驚いたのは、男の私物だった。趣味である特撮系のアイテム以外に、彼自身の個性が感じられるものが何一つとしてなかった。いや、そもそもその趣味でさえ、呪わしい自分からの変身願望のあらわれなのかもしれない。

 男は同業者の中では洒落者で通っていた。アイドルからもお洒落で格好いいプロデューサーだと見られている。事実、彼は安くないスーツをそれこそ十着以上持っていて、ネクタイやネクタイピン、ハンカチや時計、靴にベルトなどの小物も充実させていた。だがそれが彼の趣味ではないことを凛は知っていた。




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