18: ◆m03zzdT6fs[sage saga]
2016/04/10(日) 21:15:27.62 ID:qn31rgISo
(『運びますよ』ぐらい、気の利いたことを言えばよかったかな……)
そんな、僅かな後悔を振り払うようにして、僕は自分の座っていたベンチへと戻る。置き捨てられる様にあった自分の本を手に取れば、ぽんぽんと表紙を手ではたいて。
少し、早い時間だけれど、出版社へと向かおう。そう思って、ふう、と息を吐き、踵を返した瞬間だった。
「……あの」
じゃり、と靴底が地面を擦る音に紛れて、背後から聞こえた声。僅かに首を捻じ曲げ、声の聞こえた方を見る。
彼女が、傍のベンチに本をおいて、こちらを見ていた。そして、ゆっくりと。しかししっかりと。深々としたお辞儀を僕へと向けて。
「……ご心配をおかけして、すみません。それと……助けてくれて……ありがとう、ございます、Pさん」
そんな風に、お礼をされる価値なんて、僕にはないはずだ。ただ、居合わせただけなのだから。
だが、そんなことよりも――その儚げな、華奢な、可憐な姿が目に焼き付いて離れず。うんとも、すんともいえず。
ただ、僕もぺこり、お辞儀を返すことしかできなくて。そして、僕は足早に歩き始める。なんて、失礼な奴だろうか。心の中で自分を殴りたいほどの衝動に駆られながら、
(馬鹿らしい)
と悪態をつく。良くわからない、もどかしい感情がうねりと共に胸の中で渦巻いている。奇妙な違和感と共にとぐろを巻いているこの感情はなんだろうか。それを確かめるかのように、僕は一瞬振り返る。
遠くの方で、重そうにしながらも再び本を抱えて、よろよろと歩き始めている彼女の姿が見えた。やはり、どこか危なっかしい足取りで。だからかもしれない。どうしようもないほどの後悔と、呵責の念が押し寄せる。
やっぱり、運んであげた方が良かった。そう思っても、もう遅いのだろう。やはり、僕は礼を言われるようなことはしていない。
思えば、一途な人に思えた。とても綺麗で、可憐で、ひっそりと咲く虞美人草のような彼女は、きっとこの先も一つの物を追い続けるのだろう。僕とは大違いだ。
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