15:名無しNIPPER[saga]
2016/05/21(土) 05:18:39.33 ID:BawIN3tu0
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それ、ニチアサのヤツだよな?
きっかけは、この一言だった。
こっそりカバンに付けて来た、傍目には絶対にソレとわからないグッズに目を遣りながら、神谷さんはぼくに尋ねた。
今までほぼ絡んだことのない相手からの突然の接触に、内心びくびくしながら彼女を見返すと、向こうも相当緊張していることは見て取れた。
神谷さんの、ぼくと似たような趣味を知ったのは、それがきっかけだった。
それからは、新しい番組が始まると、どちらともなく感想を言ったりするよになった。
この歳になって、女子と話題を共有できたことは、今まで一度たりともなかったから。、しかも分かり合える人がほとんど期待できないジャンルで、だ。
だから、ぼくはとてもうれしかった。
すこしして、どういうわけか、彼女はアイドルになった。
ぼくなんかが話しかけられる相手じゃ、なくなった。
その日、午後からの雨は、結局止むことのないまま放課後まで降り続いていた。
下足場では、ここぞとばかりにめいめいが傘を開き、雨の中へ滑り出ていっていた。
それを見ていて、溜息を吐いても雨が止むはずもない。仕方なしに、濡れるの覚悟で下校することにし、靴を履き替える。
そして、ダサいから走りたくはないが歩いているところを強がっていると思われたくもないしどうしようかと悩みながら外に出ようとする。
すると、下校する生徒たちの流れに逆らい、一人の女子生徒が玄関へ戻ってきているのと鉢合わせた。
ビニール傘をたたみ、傘立てに突き刺し、靴箱のあるこちらへ来たところで、はたと、ぼくの姿を認めたらしかった。
「……お前、傘は?」
気安く話しかけてきたのは、彼女がぼくを認識していたからだろう。それはもちろん、こっちも認識していた。
「いや、忘れた……神谷さんは? 帰んないの?」
でもぼくの方はというと、今までのような距離感を取ってもいいものかわかりかねて、
「ん? あ、あー、忘れ物、しちゃってさ……ってそれより、いま結構降ってるぞ? 大丈夫かよ?」
「大丈夫だよ。走って帰るから」
心配そうな顔をする神谷さんに対し、走って帰ることをたった今決め、宣言する。これで、彼女の義理は済んだはずだった。すなわち、傘も持たないぼくに対する一応の親切心だ。
でも、彼女は「ん〜」なんてアイドルらしからぬ声でひとしきり唸った後、くるりと踵を返し、今しがた突っ込んだ自分の傘を取り出すと、
「ん!」
ぶっきらぼうに差し出してきた。
「……え?」
「つ、使えよ! アタシはその、折りたたみも教室に置いてるからさ、お前、濡れて風邪でも引いたらよくないだろ?」
「いや、でも」
突然の出来事に、遠慮というか疑問の意味で手を振ると、その手にぎゅっと神谷さんの両手が伸びてきて、ビニール傘の柄をむりやり掴まされた。
跡も残らないくらい弱く、彼女の爪がぼくの手の甲を擦った。
「い、いいからな! 返してくれればそれでいいから、それじゃ!」
真っ赤になった彼女は、有無を言わさぬ勢いで製靴を脱ぎ律儀に靴箱の中に押し込み、後ろ髪をゆさゆさ揺らして校舎の中へ消えて行った。後に残されたのは、ぼくと、傘だけだった。
手の中にある神谷さんの傘を見る。
それを包んだ両手の一瞬の感触を、必死に思い出そうとしている自分に気がつき、余りにも気恥ずかしくて、彼女と顔を合わせないようそそくさと帰ることにした。
雨の中でぼくの持つ傘だけが、勢いよく広がった。
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