2:名無しNIPPER[saga]
2016/05/17(火) 01:17:36.35 ID:3C5u4qTv0
一限目から登校してきた。それがすでにニュースだった。
さらに、授業の始まった瞬間教壇に歩み寄り、担当教員にごにょごにょと言ってピンク色の頭を下げ。
その後頭部に、パコーン、と教科書が炸裂した。
教室中に爆笑の渦が巻き起こった。
当人はあいたたー、なんて言いながらはにかんでいて、面白半分の擁護が次々にあがり、それを見る教師も大して怒っている風でもなく。
つまり、教科書を忘れたというそれだけで、ひとつのエンターテイメントができあがっていた。
僕といえば、人気者はこういう時も得だよな、なんてぼんやり考えていた。
僕は城ヶ崎さんのことが好きではなかった。そもそも、住む世界が違いすぎる人間だったのだ。教室ヒエラルキーの最上位のカリスマギャルと、大して目立つことのない僕。
そんな彼女がアイドルまで始めて、もはや別次元の人になったものだから、僕は努めて無関心を装い、その裏で、意味もなく嫉妬したりした。
たとえ今、教室で席が隣だったとしても、お互いに用がない以上、関わることはないはずだった。
だから、次の瞬間に起こったことは、まったく僕にとって予想外だった。
「ごっめーん、よかったらなんだけど、教科書、見せてくんない? アタシ忘れちゃってさぁ」
気がついたら、目の前に城ヶ崎美嘉がいて、僕に話しかけていた。
僕のちっぽけなプライドはあっさり瓦解していた。
一流アイドルにウィンク気味に頼まれて、断ることができるやつなんかいるんだろうか? 一も二もなく頷くと、城ヶ崎さんはそそくさと自分の机を僕の真横に隣り合わせ、ひらりと座りなおした。
その着席の瞬間、ふわりと舞った香りは、一撃で僕を真っ白に焼いた、
城ヶ崎さんは二つの机の橋渡しのように置いた僕の教科書を覗き込み、小難しい顔をしたかと思えば、急にぱあっと明かるい表情を作ったり。
そうやって体や髪が揺れるたびに、甘ったるい匂いが鼻先をくすぐって、僕は授業どころじゃなかった
だから教科書を見るふりして、彼女が記述する丸っこい文字や、その手首のアクセ、キラキラしたネイルをずっと追っていた。
肘より上を見る勇気はとても無かった。
「ホント、助かっちゃったよー。ありがとねっ!」
城ヶ崎さんが忘れ物をしたのはその教科だけだった。一時間目の終わりに、彼女はにっこり微笑んで僕に礼を言い、机を元の位置に戻していた。
僕は、ああだか、うんだか、返事をした気がする。
初めて呼ばれた名前を、その響きの新鮮さを受容れるのにいっぱいいっぱいだったから。
四限目が終了すると、城ヶ崎さんは急いで荷物をまとめ始めた。横目で眺める、見慣れた光景だった。
よっと、なんて言いながらバッグを肩にかけ立ち去る瞬間。
振り返られたときにはもう遅かった。
「また何かあったらヨロシクッ!」
ばっちり目があった状態で、ファンが何十万出しても欲しがるであろうスマイルを正面からぶつけられた。そして僕の前を横切り、駆け足で教室を後にした。真夏の花みたいな残り香が、鼻先を撫でて消えた。
次、忘れ物をしてきたら――
忘れ物、するんだろうか。
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