13:名無しNIPPER[saga]
2016/08/27(土) 22:02:07.47 ID:Si0tSdr+0
「がぶ……んなこと言ってもさぁ。行ってみないとわかんないっしょ?」
リンゴ飴のりんごをシャクシャクさせながら、デブがのんきに言う。
実際、そのとおりだった。
「……わかっとるよ」
でもそれが出来れば苦労はしないんだ。
さっきからずっとその繰り返しで、熱くてジメジメした祭りの会場を、ある一区画だけを除いて、ぐるぐるぐるぐる歩き回っている。
お面の種類も、祭りのプログラムも、今年のくじの一等賞とワケの分からない流行の景品(今年は、頭にかじり付くサメの帽子)も、明らかに町の人間じゃない兄ちゃんの客寄せ文句も、もうあらかた覚えてしまった。
色も音もにおいもごちゃまぜになってぼくに流れ込んでくるけど、それらを楽しむヨユーはなかった。
「それに、次いつ帰ってくるなんてわかんねーし、ほら、いっこ食う?」
いつの間にかリンゴを食い尽くしたデブは、これまたいつの間にか買っていたたこ焼きをぼくに差し出してきた。
「いらねーって!」
イライラのまま突っぱねて、すぐに、さすがにひどすぎたかと思う。道行くひとの何人かが振り返って何事かという顔をした。
「……ああっ! そうだなそうだな、歯に青のりなんかつけてちゃカッコつかねーもんな、ふひひひっ!」
それでもデブはまったく気にした風もなく、一度はぼくに勧めたたこやきをあっさり引き下げてはふはふとほおばり始めた。
まったく、付き合いのいいやつだとは思う。ぼくなら、ぼくなんか相手にするのもいやだ。こんなグチっぽくてえらそうで、そのくせヒョロヒョロでいくじなしで。
「ほふ……ぅ、ごくん。んー、でもよぉ、おまえ行かないんなら、おれ行くぞ?」
「ええっ?!」
ここにきてまさかの裏切りかと、ぼくは思わず大声を上げてしまう。
「いやぁ、だってあいつん家のイカ焼きだけは食っとかないと」
ゴムまりみたいな腹を突き出したデブに一切の後ろめたさはなかった。たぶん、ほんとに、それ以外の意味はないんだろう。というか『だけ』じゃないだろうもうたこ焼きまで食ったのかこいつは。
「はやくしねえと無くなる」
何気ないデブの呟きが、ぼくに事実を突きつける。
ぼくたちは勿論、大人だってそうそう行けない高級料亭が、祭りの時だけ安く出す店だ。毎年すぐに売り切れるし、今年はきっともっと早いだろう。
看板娘が、立派になって帰ってきたんだから。
「……ぼくもいく」
いよいよ覚悟させられたぼくは、歯を食いしばりながらそれだけ言った。
「おっしゃ! そーと決まればっ」
デブはウキウキしながら、今まで(ぼくのせいで)散々うろうろしていた道をまっすぐに突き進み始める。
「お、おいっ、待てよっ!」
ぼくの制止も聞かず、うそみたいに素早く人ごみをかわして行くデブが、ムカつくけど頼もしい。
先行するデブの声は弾んでいた。
「首藤んちのは、やっぱカクベツだしなぁ」
そうだ。
首藤は、カクベツなんだ。
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