14:名無しNIPPER[saga]
2016/08/27(土) 22:03:03.18 ID:Si0tSdr+0
近寄ることすらなかった一画にあっさり踏み入る。
他と余り変わり映えのしない光景の中で、目に見えて人だかりができている屋台があった。
そこが、首藤の家の料亭が出している屋台だ。
そこに、首藤が帰ってきている。
「ん? おお、葵の友達か。いつもありがとうね。ん……、せっかく来てくれたところぉ、悪いんやけど……」
終わったら呼びつけようか? という申し出を、ぼくは断った。
そのまま逃げ出そうとするぼくの襟首をデブはひっ捕まえて、もう片方の手で三本注文し、金を払い、何も言わずに一本ぼくに持たせた。
首藤は、いなかった。
大人もいっぱいの列に5分近く並び、なんどもつま先立ちになって、ようやく前が見えてきたあたりから、嫌な予感はしていた。
ついさっきまで店に立っていて、在庫分の串を打ち終わったところで、この後のイベントの準備に向かったと、すまなさそうにおじさんが言った。
何回も折りたたんで、ボロボロになった祭りのプログラムは、結局役に立たなかった。
屋台を出てからずんずん歩き出したデブに、ぼくはただオロオロしながら付いていった。さっきとはまるで逆だった。
行き着いたのは、会場から少し離れた芝生。祭りの明かりはギリギリ届くが、足元はおぼつかないそこに、デブはどっかりと座り込んだ。
真正面を見る。万国旗みたいに提灯がぶらさがって、屋台が顔を突き合わせて、隙間無く人でごった返していて、
その上に、ステージがあった。
「こっからなら、顔くらいは見えるだろ」
デブのシャツの背中には汗がじっとりと滲んで、ミッキーマウスみたいになっている。
その隣に、そっとぼくは座る。日中の陽射しを吸い込んだそこはじんわりと熱かった。ぼくらを取り囲むようにあちこちでキリギリスが鳴いていた。
「はやく食えよ、うめえぞ?」
ぼくの隣で二本目に手をつけたデブが、大口開けたところでこっちを見た。
言い返そうとして、アンプが、どこからともなく大音量でそれをさえぎった。
『――みなさま、お祭りは楽しんでいますでしょうか? それでは――お待たせいたしました!!』
ぼくは手の中の串を見る。首藤が打ったっていうイカの串焼き。
挑みかかった。タレが跳ねようがお構いなしだった。
『これより、わが町が生んだ日本の看板娘――首藤葵のミニライブ、開幕です!』
涼しい風が吹いたのは一瞬。
気が付けば、ぼくは立ち上がって飛び跳ねて、両手をぶんぶん振りまわしていた。
この夏最初で、最後の熱さだった。
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