過去ログ - 佐久間まゆ「あなたを待ちわびて」
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2016/09/06(火) 23:59:01.74 ID:RE0Y+nXd0
 あなたは壁にかかった時計を一瞥し、合点がいった様子でわたしのほうに向きなおる。 
 わたしはその様子をぼんやりと見ていた。 
 そして、あなたとわたしの視線が合う。 
  
32: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:00:00.20 ID:2DraFmi40
  
  
 「……まゆ、お誕生日、おめでとう」 
  
  
33: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:00:52.28 ID:2DraFmi40
 「……え?」 
  
 突然のひとことに、わたしは茫然とするしかなかった。 
 そして、ひと息ついてその言葉の意味を把握する。 
  
34: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:02:06.25 ID:2DraFmi40
 「……リビングにCDコンポがあったね。たぶんあれでこの曲を?」 
  
 「え、ええ。たぶんお父さんです。よくあのコンポで音楽を聴いていましたから」 
  
 記憶を辿る。確かに、お父さんはよくわたしの知らない曲を好んで聞いていた。 
35: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:02:45.97 ID:2DraFmi40
  
  
 ――この曲は、バースデーソングなんだよ。 
  
 ――自分の好きな人に送る、バースデーソング。 
36: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:03:11.99 ID:2DraFmi40
  
  
 わたしはあなたの言葉のひとつひとつを心の中にかみしめる。 
  
 「……いつだって君を、忘れはしない。って、ほら、ね」 
37: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:04:32.00 ID:2DraFmi40
 わたしの心の中にはたくさんの記憶が駆け巡っていた。 
 あなたと出会ったあのとき。はじめて事務所の扉を開いたあのとき。 
 はじめてのレッスン。宣材写真の撮影。初めてのおしごと。CDデビュー。 
 あなたと乗る社用車。田舎の温泉宿。岬の上に立つ教会。事務所のキッチンスタジオ。まぶしい砂浜。ログハウスの暖炉の炎。雨と紫陽花。 
 そして、いま。 
38: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:06:05.01 ID:2DraFmi40
 言葉が出ない。言葉にならない。 
 かわりに一筋、わたしは涙をこぼす。 
 そうして、堰を切ったようにあふれ出る涙を、わたしは止めることなどできなかった。 
 わたしはいてもたってもいられず、あなたの胸元に飛び込む。 
 あなたは、それをただ受け入れる。 
39: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:06:50.86 ID:2DraFmi40
  
  
  
 「そうか、きみのお父さんがねえ……。ちょっと話をしてみたいなあ」 
  
40: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:07:23.59 ID:2DraFmi40
 六畳一間の部屋のなか。 
 あなたとわたしだけの空間。 
 あなたが話してくれる歌手の話を、あなたの昔話が混じるその話を、わたしはじっと聞いている。 
 わたしは、このひとときをずっと待ちわびていたようで。しかし、来てほしくなかったとも思うようで。 
 それは、今もなお心の中にある、ブライダルフェアのときの言葉。幼いころ読んだ絵本の一文。 
41: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:08:48.05 ID:2DraFmi40
  
 「……まゆ?」 
  
 あなたはわたしの顔を覗き込む。 
 涙ではらした顔。お化粧もなにもしていない、そのままのわたし。 
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