過去ログ - 佐久間まゆ「あなたを待ちわびて」
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2016/09/07(水) 00:06:05.01 ID:2DraFmi40
 言葉が出ない。言葉にならない。 
 かわりに一筋、わたしは涙をこぼす。 
 そうして、堰を切ったようにあふれ出る涙を、わたしは止めることなどできなかった。 
 わたしはいてもたってもいられず、あなたの胸元に飛び込む。 
 あなたは、それをただ受け入れる。 
39: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:06:50.86 ID:2DraFmi40
  
  
  
 「そうか、きみのお父さんがねえ……。ちょっと話をしてみたいなあ」 
  
40: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:07:23.59 ID:2DraFmi40
 六畳一間の部屋のなか。 
 あなたとわたしだけの空間。 
 あなたが話してくれる歌手の話を、あなたの昔話が混じるその話を、わたしはじっと聞いている。 
 わたしは、このひとときをずっと待ちわびていたようで。しかし、来てほしくなかったとも思うようで。 
 それは、今もなお心の中にある、ブライダルフェアのときの言葉。幼いころ読んだ絵本の一文。 
41: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:08:48.05 ID:2DraFmi40
  
 「……まゆ?」 
  
 あなたはわたしの顔を覗き込む。 
 涙ではらした顔。お化粧もなにもしていない、そのままのわたし。 
42: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:09:28.14 ID:2DraFmi40
 「……二つ、あって。このまえの、ブライダルの時のこと。ほら、あなたを教会に呼び寄せたときの……」 
  
 「ああ、よく覚えているよ」 
  
 「それと、幼いころ、ずっと読んでいた絵本があって、それを思い出していたんです」 
43: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:10:05.42 ID:2DraFmi40
 自分の部屋に飛び込み、ベッドの横の小机に立てかけてあるその本をつかむ。 
 それは学習ノート程の、色あせてくたびれた絵本。 
 表紙に映るのは、雨の中を進む船と、少年と少女の悲しそうな顔。 
  
44: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:10:52.73 ID:2DraFmi40
 ――たとえこれが、あなたとわたしを待つ運命のシルシだったとしても。 
  
 ――それでも、いま、このひとときを……わたしは大切にしたい。 
  
 ――あなたがわたしを決して忘れないと誓ってくれるなら。わたしがきっとそれを信じるならば。 
45: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:12:35.82 ID:2DraFmi40
 わたしはあなたの待つ部屋に戻り、この本をあなたに差し出した。 
 あなたとともに乗る船は、まだ、沈まない。そう確信して。 
  
 「……これ、お父さんが持っていた絵本です。『難破船の少年』って言って……」 
  
46: ◆dCFehqwTmo[saga]
2016/09/07(水) 00:13:58.49 ID:2DraFmi40
  
  
 『あなたを待ちわびて』 了 
47: ◆dCFehqwTmo[sage saga]
2016/09/07(水) 00:19:56.28 ID:2DraFmi40
 まゆ、お誕生日おめでとう。ライブお疲れさま。 
 牧野さん、神戸公演二日間の熱演をありがとうございます。 
 拙い作品ではありますが、少しでもあなたがたのお力になればと思っています。 
  
  
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