過去ログ - モバP「佐久間まゆの本心」
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1: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:02:39.73 ID:be/iHFql0
 彼女は好きだと言った。

 一目惚れをしてすべてを擲ってきたのだと。あなたのためならなんでもすると、あなたのためならどんな自分にでもなると、平然と言ってのけた。あるいは、彼女なりの覚悟があって、平常心からはかけ離れていたのかもしれない。そうだとしても、俺は困惑する外ないけれど。

 答えを得ようとしない告白は独白と呼ぶべきだろう。

 気持ちを押しつけるばかりで、相手の気持ちを理解しようとしない。悪いとは言わない。いっそ清々しいとさえ思う。他人事ならばと注釈をつければ。

 だから、これは気持ちの問題だ。

 俺は佐久間まゆの好意に困っていた。



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2: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:05:37.67 ID:be/iHFql0
 外食から戻ると、昼下がりの第一プロデュース課第二プロデュース室は閑散としていた。

 部屋に入ると、書類を受け取りにきたと思わられるちひろさんに、可愛らしく微笑みかけられる。この人はどこの部屋にも現れる謎の事務員さんで、事実上の事務員の総括となっていた。

 この人の機嫌を損なうと俺の首が危険に晒されるので、できるだけ明るく微笑み返す。
以下略



3: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:07:18.87 ID:be/iHFql0
 俺の勤めるこのプロダクションは、アイドルに最適なプロデュースを方針としている。そのために彼女たちと密な関係を築き、柔軟にプロデュースをしていく。その特徴はマネージメント業をプロデューサーが兼任している点に現れる。

 プロデューサーひとり当たりの仕事量は多い。当然だ、他プロダクションでは分業しているものを、ひとりでこなさなくてはならないのだから。結果的に、ひとりのプロデュースできる人数には限界があり、この会社はその問題を人数で解決した。

 第三まであるプロデュース課は、序列や差異はなく、単に人数が多いから分けただけという理由でしかない。二百人近いアイドルが所属するのだ、プロデューサーの数も相当数必要になってくる。
以下略



4: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:08:57.29 ID:be/iHFql0
 結婚を前提にしているとも噂を耳にしたことがある。真面目かどうかの判断は他人に任せよう。

 善し悪しを抜きにしても、感情は抑えつけてどうにかなるものでもないのだ。むしろ、締めつければ余計な問題を起こしかねない。障害は高いほうが燃え上がると、誰かが言った。

 しかし、
以下略



5: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:10:14.68 ID:be/iHFql0
 ただ、好意を受け入れられるかと問われれば、また別な問題でもある。まゆの好意には懐疑的だ。頻度の問題でもある。顔を合わすたびに好意を向けられれば、疑いたくもなる。からかわれていると言われれば納得できるほどには。

 それに、俺はまゆが苦手だった。初めから。

 しかし、厄介なことに苦手は嫌悪と直結しない。基本的にいい子なのだ。基本的には。うん、たまに暴走するぐらいで。
以下略



6: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:12:11.92 ID:be/iHFql0
「やあ、いいタイミングだ」

 トレーナーさんとレッスン内容の打ち合わせを終えたあと、廊下で東郷あいさんに声をかけられた。彼女は爽やかに微笑む。その笑顔は大人の女性の品があり目を奪われる。

 俺はあいさんに憧れているのだ。人として、大人としての理想を体現しているように見えた。
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7: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:13:26.56 ID:be/iHFql0
 この面子は酒乱が多く、あいさんや彼が毎回苦労しているらしい。大半のプロデューサーは一度参加して、それ以来参加しなくなる。ちひろさんは怖いし、楓さんと早苗さんはわけわからないし、先輩は脱ぎだすし、なかなかな混沌具合なのだ。胃が痛くなるばかりで酔えやしない。

 ちなみに、俺も参加をしなくなったひとりである。

「すいません、また機会があれば」
以下略



8: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:15:24.54 ID:be/iHFql0
 翌日の午後、まゆはいつものようにやってくる。

 軽く挨拶を交わしたあと、そういえば、と彼女は話を切り出した。

「奏さんとそのプロデューサー、仲良いですよね。ふたりって交際しているんですか?」
以下略



9: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:16:49.03 ID:be/iHFql0
 まゆの言葉はチャンネルが違う。

 そう思わないとやっていけない。毎度のアプローチを真に受けていたら、仕事どころではなくなる。二百人近く女の子が在籍する職場では、他の子を見るなと言われても、物理的に難しいのだ。

 だから、意訳するしかない。
以下略



10: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:18:32.09 ID:be/iHFql0
 プロダクション最寄駅から五分ほど歩いた、小洒落たカフェに入る。

 三ヶ月ほど前にプロデューサー課に異動してきた男から教えてもらった。しっかりした食事を提供しており、味もいいらしい。商業ビルの地下に広がる空間はそこそこ広く、秘密基地めいた入り口の先には落ち着いた雰囲気と、萎縮しすぎない気軽さがあった。

 客はカップルと若い女性が大半を占めている。夜なのもあってか、どのテーブルにも料理が並んでいた。ぱっと見る限り、量が少ないなんてこともなく、安っぽくもなかった。
以下略



11: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:19:49.83 ID:be/iHFql0
「上から二段目の引き出し……欲しいのはそこに入ってます」

「おい待て、なんで知ってるんだよ」

 合鍵の在り処がバレていた。以前外で失くして面倒な経験をして以来、会社にひとつ置くようにしている。
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12: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:21:25.52 ID:be/iHFql0
 しばらく他愛のない話をして、カフェを出た。

 風が熱気と湿気を運び、じんわりと汗が滲む。夜であっても都心の夏は暑い。室外機の排熱と、温められたアスファルトの輻射熱が原因と聞いたことがある。文明の利器は快適さをもたらしたが、同時に不快さももたらしたとは皮肉な話である。

 まゆの提案で散歩しつつ寮へと向かう。都心の一等地なだけあって、この辺りは人と車が多く、街は明るい。子供の頃は遅い時間と感じたものだが、この明るさを目の当たりにすると時間の感覚が狂う。
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13: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:22:36.40 ID:be/iHFql0
「プレゼントですか?」

「ええ、似合うでしょ」

「はい、よく似合うと思います」
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14: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:24:49.96 ID:be/iHFql0
 やっぱりからかわれていたのかな。

 ピンクのドレスを着て、フラッシュを浴びるまゆを眺めてぼんやり考えた。今日は都内のスタジオを訪れている。雑誌に載る写真の撮影だ。元々読者モデルをしていたまゆだけあって、撮影は順調に進んでいく。本来なら同行する必要はないのだが、彼女の希望もあって承諾した。

 もちろんそれだけではないけれど。
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15: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:26:57.16 ID:be/iHFql0
「ぼうっとして……まゆのこと見てくれてましたかぁ?」

 気がつくと撮影は終わり、まゆが目の前にいた。どうやら俺は自覚していたよりも長い間ぼうっとしていたらしい。見ていないとは言えないので、うんまあと曖昧に応えた。

 まゆは俺の嘘を見透かすように微笑む。
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16: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:28:46.00 ID:be/iHFql0
 まゆを敷地内にある寮に送って、俺は会社に戻った。

 ロビーに入ると三ヶ月前に異動してきたプロデューサーと鉢合わせる。雰囲気からして彼も今戻ってきたらしい。俺の顔を認めてお疲れと声をかけてくれた。

「カフェどうだった?」
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17: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:30:38.39 ID:be/iHFql0
「それなら感謝して終わりだな、どうしようもないだろう」

「……じゃあ、その好意を信じられないときは」

 と、ここで彼はうーんと唸る。質問の意図を捉えきれていないのかもしれない。俺は脳内を探してみたけれど、いまいち当てはまる言葉が見つからなかった。
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18: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:31:52.04 ID:be/iHFql0
 それから数日、まゆは訪ねてこなかった。

 これはいよいよ拙いかな。そんなことを考えながら食事のために、俺はロビーへ下りた。今日来なかったら一度話し合うべきかもしれない。

 なにを話していいのかはわからないけれど。
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19: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:33:34.17 ID:be/iHFql0
 カフェテラスへ場を移す。今日は久しぶりにとち狂ったようにセミが鳴いていた。ここ数年、東京の夏にセミの声は減ったように思う。寂しく思うのは歳をとったからか、感傷的になっているからか。

 ビルの陰に入る席を選んで腰を下ろした。しかし、暑いものは暑い。近場のチェーンのカフェに入ればよかった。

 アイスコーヒーを一口飲んで、俺は口を開いた。いつまでも子供に気を遣われているのは嫌だった。
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20: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:35:46.49 ID:be/iHFql0
 きょとんと首を傾げる速水さん。どうやら違うらしい。まゆの様子を見て訪ねてきたのか……まゆの方から相談したのかもしれない。

 素敵ですねぇ。まゆのふたりを指した言葉を思い出した。

「いや、なんでもない。……うーん、正直俺もわからない。特別喧嘩したみたいなことはないんだけど」
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21: ◆U7CecbhO/.[saga]
2016/09/16(金) 10:37:31.38 ID:be/iHFql0
 速水さんと別れて、俺は小レッスン室に向かう。小窓を覗くと休憩中だったのでノックする。中からどうぞと声が聞こえてから、中に入った。

「お疲れ。調子はどう?」

 トレーナーさんと挨拶を交わしてから、俺はまゆの傍へ寄って、なんでもないように訊く。まゆは気まずそうに俯いた。
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