過去ログ - 【ひなビタ♪】霜月凛「やまびこ」
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2:名無しNIPPER[sage]
2016/09/28(水) 18:35:03.16 ID:tZz1LPe6o
 珈琲を注ぎ終えた彼女が姿勢を正して私を見つめる。その顔には誇らしさと不安とが同居していて、私には何かを待っているように見えた。

「ありがとう、頂くわ」

 目を合わせてそう伝えると、彼女はご褒美を貰ったかのように嬉しそうに笑って「ごゆっくり」と返し、カウンターに戻っていく。
ああいった無自覚な子供らしさは彼女の愛嬌だった。

 文庫本を鞄にしまい、見慣れた景色を眺めながらカップを傾ける。
閑散とした商店街は時間が止まってしまったと錯覚するほどに変化がなくて、
強い西日を受けることでかろうじて人が生きる場所としての温度を保っているようだった。

 耳を澄ますと、どこか遠くから子供たちの元気な笑い声が聴こえる。
かつてここにあったもの、すでに失われてしまったものの欠片が音となって、
なにかの間違いでやまびこのようにこの場所に帰ってきてしまった――そんなことを空想した。

 迷い込んだ音がこの街に留まることはない。
なにも留まらないのならいずれなにもかもが出て行って、この街は街としての生を終えるのだろう。

 停滞する街は射し込む夕日と侵食する影に彩られた。硝子の向こうの世界はぞっとするほどの穏やかさで滅びを受け入れている……。
それはまさしく至高の芸術品だ。旧い街と新しい珈琲の熱に胸を踊らせて、私はしばらくの間何をするでもなく外を眺めていた。


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