過去ログ - 輝子「三つ編みのこと」
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13: ◆S6NKsUHavA[saga]
2016/12/15(木) 22:10:48.58 ID:TASUOcfu0
 話してる間にも、三つ編みはどんどん進んで、毛先まで辿り着いた。私がやったときよりもずっと綺麗で、鏡で見たときに感動したな。おおって思わず声が出ちゃった。
 それから、あの人はカバンの中をゴソゴソと探って、小さな袋を取り出した。

「アタシんとこのサンプルで悪ぃけど……お前の髪には合うんじゃないか」

 そう言って三つ編みの髪に結わえ付けられたのは、ピンク色のリボン。シンプルだけど、私が選んだやつよりもかわいくて、なんだかしっくりきた。

「も、もらっちゃって、良いのか……?」

 私が言うと、あの人は満足そうに頷きながら言った。

「助けてもらった礼にしちゃショボいけど、今はこれで許してくれ」
「そ、そんなの気にしないでよ。私も、嬉しかったから……」

 本当に嬉しかったんだ。あんなにも私に構ってくれる人なんて、今までいなかったから。
 私がまたニヤニヤしてると、あの人は私がさっき地面に置いた植木鉢を指さして言った。

「それにしても、それ、前に言ってたキノコだろ。そんな猛毒のキノコ、大丈夫なのか? 鉢植えって事はお前が育ててんだよな?」

 私が男に向けて突きつけた、真っ赤なトモダチ。でも、それの名前は実はカエンタケじゃなかったんだ。

「実はね……これはカエンタケに似てるけど、全然別のキノコなんだ。こっちはベニナギナタタケっていう、安全なキノコ……」
「はったりだったのか!?」

 驚いたように言うあの人に、私は頷いた。

「ほら、前に言ってたでしょ。知識は武器だって」
「……大したヤツだよ、お前。あの時の強烈なシャウトといい、今のアタシに扱いきれる商品じゃねぇな、これは」

 そう言うと、あの人は私から手鏡を受け取ってカバンに仕舞い、ふぅっとため息をついた。ちょっとだけ、愉快そうに。

「アタシは、明日から通学路を変えてしばらく引っ込む。またあのバカが来るかも知れないからな」
「あ、そ、そうだね……」

 あの人の言葉に、私は少し寂しい気持ちで頷いた。もう会えないかもしれないって思ったら、やっぱり悲しくて、ね。でも、あの男の人にまた襲われるかも知れないと思ったら、もうここには来ない方が良いのも確かだから、引き留めることは出来なかった。
 そんな私に向けて、あの人は少しだけ優しい声で言ったんだ。

「もう会うことも無いかも知れねぇと思ったけど、ちょっと考え変わった。お前とは、また会う。多分、次はもっと別の場所で」
「別の……場所?」

 あの人の言葉の意味が分からなくて、私は聞き返した。でも、あの人はそれには答えずに、しっかりと背筋を伸ばして続けた。

「だから、お前の名前は今聞かねぇし、アタシも名乗らねぇ。ビジネスじゃあり得ねぇ事だけど」
「あ……」

 そう言えば、ここまで私もあの人も、一度も名前を名乗らなかった。いつも一方的に話しかけてくるし、私もそれに返すだけだったから、名前なんて必要無かったんだ。
 そして、あの人は言った。まるで、挑むように。

「お前は、きっとまたアタシの通る道を邪魔する。これ、確信」
「え、えぇ……」

 自信たっぷりのあの人の言葉に、私はちょっと困惑した。一番最初に会った時の事を思い出す。道に座って傘を開いて、邪魔だって怒られた時のこと。でも、多分あの人の言っているのはそう言う意味じゃ無い、そう思った。何となく、だけど。
 最後に、あの人はにやりと笑った。

「お互いが名乗んのは、その時だ。じゃあな」

 そう言って、あの人は颯爽と去って行った。いつもみたいに、風のように。



 そして、あの人の名前を、私はまだ知らない。


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