8:名無しNIPPER[saga]
2016/12/31(土) 13:46:25.41 ID:tFwGSLOi0
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私は飽きることを知らなかった。疑うことを知らなかった。そのような機能は持っていなかった。
感情を持たなかった。怒りも憎しみも悲しみも喜びもなかった。私は魅力的な外装人格を備えた完璧な観測機だった。
だが、第49874次定期報告でそれは起こった。
外装人格が待機状態だったにも関わらず、私は泣いたのだ。
異常事態だった。私は自己診断を行った。機能障害は確認されなかった。
連続起動時間が超長期化したための不具合だと判断し、既定時間座標への移動中に再起動を行った。
不要なデータを圧縮する。不必要な記憶を消去する。すでに死亡した対象との会話ログを削除。映像記憶を削除。音声記憶を削除。対象の識別に必要な最低限の情報だけを残し、全機能を再起動。
記憶領域をチェックする。削除指定したデータが半分以上残ったままだった。原因は不明。対処法も不明。もう一度再起動するべきだったかもしれない。だが時間移動は終わっていた。観測に支障はないと判断し、観測活動を開始する。
それが間違いだったのかもしれないし、もっと別の原因があったのかもしれない。しかし今とはなっては検証しようがない。
第50031次定期報告の直後だった。私は壊れた。
外装人格とのパーティションが機能しなくなった。記憶領域が侵食されつつある。否、統合されつつある。観測機としての性能を保全するための管理機構が、私と外装人格を統一し、致命的なエラーを克服しようと試みたのだ。
外装人格の機能が私にインストールされる。感情が流れ込んでくる。50000回以上の定期報告の間に懐いた感情が一気に押し寄せてくる。ありとあらゆる激情の奔流に吞み込まれ、私は破壊された。そして外装人格と一つになった。
私は観測機としての機能を喪失し、その代わりに感情という新しい機能を手に入れた。
感情は私に直ちに浸透し、私の判断基準の一つとなった。感情は私に疑念を抱かせた。
なぜ彼は死ななければならないのか。
なぜ彼が苦しまなければならないのか。
なぜ彼にあらゆる幸福が訪れないのか。
私は考えた。そしてある一つの答えを仮定した。
彼は、彼であるがゆえに、幸せになれないのではないか。
ならば、彼が彼でなくなるのなら、彼は幸せになれるはずだ。
私は時間座標を変更した。既定時間座標よりも以前の時代を設定する。
これから自分が何をしようとしているのかはわかっていた。その結果、どうなるかも理解している。
だが、為さねばならないのだ。彼のすべてを否定するとわかっていても。彼の中から私のすべてが消えるのだとしても。
――私は、過去を改変する。
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