過去ログ - あなたの物語を。トエル 『氷菓』
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38: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:38:50.43 ID:fiJYedV+0
「なあ……千反田」

「はい」

 いつもは気にもかからない沈黙が、今日は重たい。
以下略



39: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:39:47.50 ID:fiJYedV+0
 それは錆が目立つホーロー看板を掲げた、朽ち果てかけた家屋の前でのことだった。

屋号を掲げていたと思しき大きな看板はこれ見よがしに斜めに傾いでいる。

排気ガスを浴び黒ずんだ引き戸、風雨に晒され腐りかけた柱、
以下略



40: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:40:29.25 ID:fiJYedV+0
人が居住しているからこそ、家屋は家屋らしく振る舞うと、どこかで耳にしたことがあるけれど、

まさにその事の例を見せられているかのようだった。

人を住まわす責を解かれた家屋は、こうも無残に荒れ果ててしまうのだ。
以下略



41: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:41:23.90 ID:fiJYedV+0
「知り合いなのか?」

 千反田が頷く。

「折木さん。小さな場所です。自慢ではありませんが、わたしがこの近辺で知らない方たちはいませんよ。
以下略



42: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:41:52.54 ID:fiJYedV+0
 駄菓子屋店主の千反田もそれはそれで面白そうだと想像めぐらしてみる。

ホーロー看板の、なぜだか馴染みのある笑顔の男性が有名な飲料を手にこちらを伺っていた。


以下略



43: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:42:42.85 ID:fiJYedV+0
途端、ホーローに印刷された男性の笑顔が、憎たらしい笑みに変わったように俺には思えた。

「どうして父はこのタイミングで、わたしに自由に生きろと、好きな道を選べと告げたのでしょう。

これまでのわたしの振る舞いを父も十全に理解していたはずです。
以下略



44: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:43:30.54 ID:fiJYedV+0
 なるほど、と妙に得心がいった。

役割を投げ出してしまったことへの自責、千反田の父が娘に告げた家を継がなくていいという、捉えようによっては許しの言葉。

課せられた責と解かれた責、この二つの責の狭間で先刻まであれほど煩悶していた千反田だったが、
以下略



45: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:44:07.60 ID:fiJYedV+0
 瞳孔が拡大したようにも見えるその大きな瞳が、俺を呑み込んでしまわんとばかりに凝然とこちらを見据えている。

普段以上の迫力に、知らず息を止めてしまっていた。

「分かった分かった」
以下略



46: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:44:37.44 ID:fiJYedV+0
「とりあえず千反田……少し離れろ」

 勢い余ってこちらに身を乗り出した千反田にたじろぎ、手にしていた傘を地面に放ってしまい、

もう二人とも完全に雨ざらしだ。まず俺が初めにくしゃみをし、つられたように千反田があとに続いた。
以下略



47: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:45:19.32 ID:fiJYedV+0
 千反田の提案で、千反田邸に足を運ぶこととなった。

小雨程度だといっても、二人ともいい塩梅にずぶずぶだ。他人の家にお邪魔することがそれほど得意じゃない俺だったが、

待ち受けているだろうバスタオルの誘惑には抗えない。それに、どうして千反田の父親が件のようなことを告げる気になったのか、
以下略



48: ◆KM6w9UgQ1k[saga sage]
2017/01/09(月) 19:46:25.69 ID:fiJYedV+0
 頭を垂らしてはいない緑の稲が、毅然として整列している光景が目の前に広がる。

出穂にはまだ少し時間を要するそうだ。

この広大な田園の全てが千反田家の所有地なのだろうか。
以下略



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