過去ログ - 一ノ瀬志希「フレちゃんは10着しか服を持たない」
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11: ◆Freege5emM[saga]
2017/02/13(月) 02:33:26.15 ID:bfxHdujzo

あたしの耳はフレちゃんが謙遜を言ったと思った。
でもあたしの目がフレちゃんの顔を改めて眺めて、やっぱりおかしいと思い直した。
フレちゃんの目はテーブルの上の、セーヴル先生とコーヒーとイチゴタルトを見下ろしていた。

フレちゃんが人と会話しているのに、その人の方に目を向けていない――なんて、あたしの経験で初めてだ。

「元気がないなら、なおさら美味しいものでも食べなきゃ。自画自賛だけど、このタルトきれいに美味しくできたと思うよ?
 食欲がないなら、せめて上のイチゴだけでも……サマープリンセス、みずみずしいよ!」

フレちゃんはあたしの提案に返事をしなかった。
コーヒーはゆっくりと冷めて香りを失っていった。

「アタシは……シキちゃんに見習ってもらえるような人間じゃないよ」

フレちゃんが視線を注いでいる先には、コーヒーの黒や、セーヴル先生のファットブルーや、
あたしのイチゴタルトのテカテカした赤があったけれど、フレちゃんの目にはどれも虚しいようだった。

フレちゃんの有様に引っ張られて、あたしの浮ついていたテンションも急降下し、
宮本邸のリビングでは、戸惑いと焦れったさがコーヒー粕のように沈殿していった。

もしコーヒー粕の残り具合で占いをしたとしたら、
その時のあたしたちには、これまでで最大の凶相がこびりついていただろう。



「あの……シキちゃんって、売れっ子アイドルだったんだね。知らなくて、ごめんね」
「え? あ、まぁ……そういえば、話したことなかったっけ」

あたしは、フレちゃんに対してアイドルと名乗ったことがなかった。
フレちゃんと出会ってしばらくは、あたしはレッスンサボり常習犯の劣等生だったし、
仕事に身が入るようになってからも、フレちゃんと一緒に歩いていると街角の視線はまずフレちゃんに吸い寄せられるから、
フレちゃんがアイドルであたしが付き人みたいな気分で、自分がアイドルという意識がすっぽ抜けてた。

「アイドルになる前は、アメリカのドクターだったって」
「……確かにそうだけど、もう昔の話だよ」

あたしはアメリカ時代、飛び級で大学に入って薬学をやってた。
その経歴もアイドルとして売れてきてからほじくり返されるようになった(事務所もわざわざ隠そうとしなかったし)。
ただあたしにとっては一度飽きてポイ捨てした道。触れられるのが面倒くさくて、
プロデューサー以外に聞かれたときは適当にごまかしてたし、自分からもわざわざ吹聴しなかった。

「それに比べてアタシは……何をやっても中途半端。
 モデルに向いてるからやってみなよって誘われても、長続きしない。
 ファッションセンスいいねって言われてそっちの学校進んでも、向いてないんじゃないかって悩んでばっかり」

あたしはフレちゃんの流儀を思い起こした。
確かに、みんながそれぞれに自分に相応しい服をきっちり吟味して……という主義では、
自分のデザインセンスでモードを席巻してニューヨークを自分のロゴで埋め尽くす……
なんてキャピタリズムのニオイが濃い有名デザイナーになんか、なれるとしてもなりたいと思わないだろう。

「でもあたし、フレちゃんに服選び付き合ってもらった時、すごく感銘を受けちゃったよ。
 特に着る服の絞り込み方とかこだわりとか、あたしにとっては私服も衣装も見る目が変わるぐらい衝撃的だったもん」

ただ、アパレルでモードを作るばかりが服作りじゃないよね。
あたしたちアイドルの衣装を仕込んでくれる人だけを見ても、
まず大雑把にいってスタイリストさんとライブ衣装のデザイナーさんは別だし、他にも……
あたしが知らなかったり気づかなかったりする色んな人が、まだまだいっぱい頑張ってるに違いない。

「素人のあたしが言うのもなんだけど、フレちゃんならではのセンスやスタイルが活きる居場所、
 ここからそう遠くないところにあると思うんだけど、ね」
「……シキちゃんから見た、アタシのセンスとかスタイルって、何なの?」

その問を投げられた瞬間、あたしの中からフレちゃんに伝えたい憧憬と賛嘆が舌と喉の追いつかない勢いで湧いてきた。
しかしフレちゃんは察しが良かった。フレーズとして口から出る前に、顔をチラと見ただけであたしを見透かした。



「ああ、シキちゃんがアタシに言いたいコト、分かる。分かっちゃったよ。
 きっとそれは、全部、ぜんぶ……ぜーんぶ、ね、アタシのママの受け売りなんだよ」


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