過去ログ - 一ノ瀬志希「フレちゃんは10着しか服を持たない」
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2: ◆Freege5emM[saga]
2017/02/13(月) 02:25:26.80 ID:bfxHdujzo

◇◇◇◇◇

あたしはフレちゃんとの出会いを鮮明に覚えている。
それが他人からも劇的に見えるかは自信ないけど、順序もわかりやすいし、まずはここから。



新宿駅東南口は、平日の昼前だったけど、人が2〜3mぐらいの距離を保ちながらバラバラの方向へ歩いていた。
冬の東京は、あたしが記憶する三陸沿いや西海岸北部に比べて、だいぶカサカサした空気だった。
おかげでこんな人混みの中でも、あたしの鼻に人の気配を薄くしか感じられなかった。

行く宛のないあたしは、足の気分のままペデストリアンデッキを上った。
うっかり高校の制服を着たままだったけど――家を出る時は、ちゃんと学校に行くつもりだった――
ここの通行人は、昼前にJKがフラフラしていてもさほど気にしないでいてくれるらしかった。

けれど寒い。コートの一枚ぐらい着込んどけばよかったと後悔した。
冷たい空っ風を何処でしのごうかと辺りを見回すと、デッキで何人かが足を止めていた。
その視線の先は、デパートに張り付いたオーロラビジョン。
モニタでは、あたしとほぼ変わらない年頃の淡いピンクの女の子が、
あたしたちの年頃にしては背伸びしたブランドのコスメチックをまとっていた。

もしあたしが空を飛んで、LEDを突き破って、あの女の子のそばにいけたら、
どんなニオイを嗅がせてもらえるだろう。

そういえばあの子は、事務所でちらりと見た気がする。どんな似たニオイ、するのかな。
たまたま、別の日の別の街角で出会ったアイドルとプロデューサーは、いい仕事してるニオイがしたんだけどな。
あたしはそれにつられてアイドル――正確には候補生に――にしてもらった。でもあたしはさっぱりだ。

女の子の姿が最初へループしたのと同時に、あたしはここから離れようと思った。
もっと何もないところに行きたかった。



その瞬間、あたしの粘膜に、薔薇のような華やかな甘さが滑り込んできた。
オー・ド・パルファムの残り香かな。
香水となると伊達を気取ってしまうあたしは、誰にも頼まれていないのに、
そのニオイの一しずくを鼻穴から気道の入り口で撫で回して脳裡で洗った。

「……<ランコム>の、トレゾァのトップノートかな?」

オー・ド・パルファムのトレゾァ。初めの香り(トップノート)は薔薇の香りがする。
それからミドルノート、ラストノートといって、数時間かけて魅惑的なバニラの甘さに変わっていく。この移ろいは揮発性の差で仕掛ける。
あたしの勝手なイメージだけど、日本でこの手のものをまとう女性はそう多くない。
香水を愛用する人が限られてるし、出かける前に一吹きする人であっても、
トップノートとかミドルノートとかいう香りの変化がある古風な香水はあまり見ない――もとい、嗅ぎ取らない。

あたしはニオイの主の洒落者具合に興味が湧いて、嗅球の導くままに足を進めた。

いる。ちょっとだけ離れている。駅入り口の方。
人混みに遮られて、目では見えないけど、わかる。
ニオイが強くなる。トレゾァだけじゃなく、その主のニオイも――女の子だ。間違いない。
年頃はあたしとさほど変わらないだろう。ちょっと濃いかな? おかげでわかりやすい。
もう近くだ。どんな子だろう――

あたしは頭を上げた。
そこでぼうっと立ち尽くしていたのが、フレちゃんだった。


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