過去ログ - 一ノ瀬志希「フレちゃんは10着しか服を持たない」
1- 20
6: ◆Freege5emM[saga]
2017/02/13(月) 02:28:18.34 ID:bfxHdujzo

それからあたしはフレちゃんのパパとママとに顔を合わせることになった。
パパとママの帰りを待つ間、夕食のデザートを一緒に作ろうということになった。
冬の終わり、イチゴの美味しい季節。甘く丸々としたイチゴが八百屋さんを賑わせていたので、
フレちゃんがイチゴタルトを作ろうとアイディアを出して決まった。

イチゴを買ってフレちゃん家に戻ったあと、あたしはフレちゃんが、
冷蔵庫からなんの前触れもなく一晩寝かせた自家製パート・シュクレを出したのを見て、目が点になった。

「できれば一晩、急いでいても2時間は寝かせたいよね。焼き上がりが違うから」

あ、はいフレデリカ先生。あたしも化学畑なもんで、寝かせる意味――グルテンの結合がどうたらという理屈は分かるけど。
なんでそれが用意良くいきなり出てくるんですかねぇ?

フレちゃんがパート・シュクレを麺棒で伸ばしている間、あたしはイチゴのヘタをとってカットしていた。
その時フレちゃんに『フレちゃん家では結構タルトとか焼くの?』と聞いたら、
フレちゃんはこともなげに『うん。いつもはママと二人で。ママのお仕事が休みの日は……割と?』と言った。
宮本家と一ノ瀬家のギャップはどうやら相当に深い。あたしはママとキッチンに並んだ記憶すらないのに。

パート・シュクレを丸いタルト型に敷き込んで焼き上げる。
その間にコーヒーでまた一服。あたしも少しだけセーヴル先生に慣れてきた。



そしてフレちゃんがタルトに塗るナパージュを作る間に、あたしは冷ました生地へイチゴを並べるよう頼まれた。
あたしは切り分けたときを考えてまんべんなく乗るよう――イチゴはどっさりと買って量があったので、
思ったより苦労して――盛り終わってフレちゃんに見せると、フレちゃんは碧眼をぎょっと見開いて、

「わお。さすがアメリカ帰り! ジャクソン・ポロックみたいだね」

あれ、あたし美術はよく知らないけど、ポロックって東海岸だよね?
あたしが居たのは西海岸で――

「でもノンだよシキちゃん、これはミヤモト家の流儀に対してアバンギャルドすぎますねぇ。
 イチゴは向きを揃えて、きれいな円を描くように並べるんだよ」

そういってフレちゃんは、あたしにお手本を示そうとして、
ジョルジュ・スーラがキャンバスに色を点描していくように、タルトの外周へ一つ一つイチゴを添えた。
あたしは合点して、エスカルゴの殻じみた渦巻状のパリの区割りを思い描きながら、
放射状の模様が浮かぶようイチゴを並べた。
真ん中の玉座にはあたしとフレちゃんで選んだ、一番大きくて形のいいイチゴを据えた。
それから並べたイチゴの一つ一つに、フレちゃんの作ってくれたナパージュを薄くキラキラするよう刷毛で塗った。

「できた! さいきょう、きゅうきょく、オランジェット!」

フレちゃんの高らかな太鼓判を捺されたイチゴタルトは、あたしが今までに見たどんな風景よりも輝いていた。
あたしはすぐに携帯を取り出してフレちゃんと一緒に記念写真を撮らせてもらった。

それからフレちゃんのパパとママが帰ってきて――どうやらデートだったらしい――
あたしは夕食のご相伴にあずかり、いよいよイチゴタルトのお出まし。
フレちゃんと二人でナイフを入れるときは、聖餐式じみた厳かな気分になった。
(もっとも、あたしは本物の聖餐式なんて出たことないけど)



あたしはフレちゃん家から帰る途中、コーヒーショップを探して豆を買った。
そしてフレンチプレスを探して3度水洗いしてから、フレちゃんを想像しながらエスプレッソを淹れた。

あたし愛用のマグは、綺羅びやかさではフレちゃんのセーヴル先生に遠く及ばなかったけど、
代わりに素晴らしくたくさんのコーヒーを注ぎ入れることができた。
おかげで、濃すぎて飲みきれない量のエスプレッソをうっかり淹れてしまった。

それを飲み干すのに四苦八苦する間、あたしはタブレットでフランスの陶磁器を調べてみて、
フレちゃんの『セーヴル先生』がセーヴル焼きということに気づいたときは、
『アレ、志希ちゃんえらい子と友達になっちゃた?』なんて思っちゃって。

あたしは葛藤の末、そのタブレットでセーヴル先生の代わりにリモージュ先生を注文した。
数日後にリモージュ先生が届くと、あたしは先生へ敬意を払うため、
実験器具を扱うのと同じつもりで――彼女らは水滴一つでへそを曲げちゃう、カップとはまた違ったデリカシーを持っている――
うやうやしく水洗いして迎え入れた。少しだけフレちゃんのエレガントさを分けてもらえた気がした。


<<前のレス[*]次のレス[#]>>
29Res/52.86 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice