過去ログ - 一ノ瀬志希「フレちゃんは10着しか服を持たない」
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7: ◆FreegeF7ndth[saga]
2017/02/13(月) 02:30:12.86 ID:bfxHdujzo

◇◇◇◇◇

それからあたしは、フレちゃんにどんどん傾倒していった。

あたしはフレちゃんと出会うまで、世界はあたしに対してあまりにも退屈で融通が利かないものと思っていた。
太平洋を西から東に渡る頃はそんな世界を意地悪だとなじりながらあちこち走り回り、
東から西へ戻る頃にはケチをつけるのに疲れ果てていた。

でもフレちゃんと一緒にいると、一杯のコーヒーが、一切れのイチゴタルトが、
ウソのようにあたしの心を弾ませて、いてもたってもいさせない。
あたしは万事『フレちゃんならどうするかな』と考えて動くようになった。それだけであたしはヒロイン気分に浸れた。

何気ない日常に輝きを見出す時、その見出した人もまたヒロインのように煌めく。
フレちゃんはあたしにとっていつも煌めく『Daily Connoisseur(暮らしの達人)』で、あたしはさながら押しかけ弟子だ。

あたしはフレちゃんと並んで撮ったイチゴタルトの記念写真を、
携帯からプリンタで刷ってフォトフレームに入れて自宅の一番広い部屋の端っこに飾った。

――これはミヤモト家の流儀に対してアバンギャルドすぎますねぇ

こうしてると、あたしがシックじゃない振る舞いをした時に、
フレちゃんの声が聞こえてくるようで、あたしは居住まいを正すのだった。
フレちゃんも、ママから『ちゃんとイチゴを並べなさい』って叱ってもらえたんだろうか。
宮本家の面影を求めて、あたしはリモージュ先生に飽き足らず、<ランコム>のトレゾァまで買ってしまった。
フレちゃんみたいな、薔薇の強く華やかなトップノート――テーマは『幸せに輝く、幸せに包まれる香り』とあった。

トレゾァのニオイそのものは気に入ったし、普段使いにできなくもないお値段だったけど、
あたしはそのニオイと重なって見えるフレちゃんが眩しくて、一吹き以来その瓶を閉じたまま。
フレちゃんがママに選んでもらった香りと思うと、あたしがつけるには恐れ多くて、
時折取り出して、壜の外観を眺めては撫で回すので精一杯だった。



フレちゃんのスタイルを真似てすぐ、あたしはこれまで世界に感じていた退屈が、
他でもないあたし自身を原因とするもの……と認めざるを得なくなった。
どこをさまよっても退屈なわけだ。

要するにあたしは、すべてのことをあまりにも無造作に行っていた。
あたしが唯一傾倒していた香水だって、細かい芳香や色の変化を意識しなければ、その魅力の大半を失うだろう。
あたしは人生のほとんどでその失策をやらかしていたのだ。
何事も無造作にやって、それで人に認められるほどの結果を出せる才能を『ギフテッド』というのであれば、
あたしは人生の味を台無しにしかねない危険な贈り物をもらっていたらしい。

フレちゃんと会える日は、学校や事務所の友達と比べると多くはなかったけど、
あたしは日々フレちゃんとイチゴを並べた時のように、五感を限界まで澄まして日々を貪り食らった。
あたしの意識の食欲を、世界は呆れるほどの広さと濃密さで受け止めてくれた。

特にアイドルのレッスンは見違えるほど鮮やかになった。
ボイスレッスンでは、芳香で空気を染め上げているエスプレッソになりきって喉を震わせ歌声を染み出させた。
ダンスレッスンでは、イチゴの位置を吟味する気分でステップを踏み手足を伸ばした。
そんなあたしの変貌に、プロデューサーは『変なクスリでも飲んだか?』とうっかり呟いて、
あたしの同期のはぁとさんにしばかれてた。

ただビジュアルレッスンは勝手が違った。
なにせあたしは、私服もろくに持っていないぐらい身だしなみに無頓着だったのだ。
身を飾るにあたって根っこの根っこ、他人の視線を推察するという時点であたしは問題があった。



季節は移ろい、春の囁きが聞こえてくる頃。ファッション業界はウサギよりも早く激しく騒ぎ出す。
アイドルの端くれであるあたしにも、その喧騒は耳に入ってきた。
そこでうっかり『志希ちゃん、私服とかほとんど持ってないんだよねー』と事務所でこぼしてしまい、
即座にはぁとさんにがぶり寄られて、オフの一日中お店を連れ回され着せ替え人形にされた。
それにホトホト懲りたあたしは(はぁとさんのエネルギッシュさは好ましいと思うけど、
不慣れなあたしはもっと落ち着いて服を選びたかった)フレちゃんに付き合ってもらうようお願いした。


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